今月のプラチナ本 2011年7月号『ふらり。』 谷口ジロー

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/4

ふらり。 (KCデラックス モーニング)

ハード : 発売元 : 講談社
ジャンル:コミック 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:谷口ジロー 価格:946円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『ふらり。』

●あらすじ●

隠居で自由な身の男は今日もまた、江戸の町をゆっくり、しっかり、ふらりと歩く。鳶の舞う雲間から富士をながめ、上野の桜の木に夫婦の長寿を願い、万年橋で出会った俳人と星を仰ぎ、雨の元町で子どもたちと戯れる。男がふらりと出向くその先には、四季折々の美しい江戸の風景や自然の営み、時代を生きるさまざまな人間模様が、丁寧に描かれていく。一歩、また一歩とつつましく歩幅を保ちながら進む、あるひとりの男の散策物語。谷口ジローの待望の最新作。

たにぐち・じろー●1947年鳥取生まれ。92年、『犬を飼う』で小学館漫画賞受賞。98年、『「坊ちゃん」の時代』で手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞。2002年『遥かな町へ』、05年『神々の山嶺』がアングレーム国際漫画祭で賞を受賞。世界的な評価が非常に高く、特にヨーロッパの芸術家に谷口作品が与えた影響は大きい。『遥かな町へ』はヨーロッパで映画化もされた。本作『ふらり。』も、すでにフランスでの出版が決定している。

『ふらり。』
講談社モーニングKCDX 920円
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

歩きながら感じる世界は美しい

よく乗り物に乗りながら考えごとをする。車を運転しながら、新幹線に乗りながら、飛行機に乗りながら。移動しながら考えごとをすると何だかいいことを思いつきやすい気がするから。移動速度に比例して頭の回転スピードもあがるような気さえする。勝手な仮説だが、生き物としてのヒトの能力以上の速度で移動することは、命の危険にさらされていることともいえる。それを脳が敏感に感じとり、移動速度に応じてフル回転するのではないだろうか。では、歩きながら考えるというのはどうだろう? デフォルト状態のヒトの移動速度が歩くことだとしたら、そのとき考えること、感じること、思いつくことは、やはり身の丈に合ったものだと思う。本書の主人公・伊能忠敬が「ふらり」と江戸の町を歩いて感じた世界の奥行きと広さは、ヒトとしての素の目線で捉えたものだからこそ美しい。偉業とはそういうところから生まれくるものに違いない。同著者の『歩くひと』も傑作。

横里 隆 本誌ご隠居兼編集人。ダ・ヴィンチ電子部= http://blog.mediafactory.co.jp/dd/ でコラム連載始めました。その名も「キャプテンコラム」。ぜひ読んでください~

散歩から広がる、見たこともない世界

読んでいる間、ずっとわくわくしていた。五感がひらきっぱなしだった。谷口ジローさんの画力が素晴らしいことは今さら言うまでもないが、本書は数ある谷口さんの本の中でも、その絵の力を最大限に味わえる一冊ではないか。細密でいて温かみがあり、人や動物は活き活きと表情豊か、季節感あふれる植物からは匂いまで立ちのぼり、たべものは実にうまそうで、絵に描けないはずの空気さえまざまざと肌に感じられる。視覚のみならず、自分の体がまるごと江戸の町に飛び込んだようだ。しかもこのパノラマ、読むにつれ〝人間の五感?以上に広がっていくから驚く。鳶が空から見おろす江戸、亀の視点で楽しむ川の中、猫といっしょにうろつく路地、蜻蛉の複眼でとらえた万華鏡のような世界、蟻とともに歩く密林のごとき草むら……そして桜の木と一体化して回想する二百年もの時間。「ただの散歩です」という顔をして、見たこともない世界をさらりと感得させる傑作。

関口靖彦 本誌編集長。本書につられて、谷口さん作画の『孤独のグルメ』を再読。たべものはもちろん、やはり〝町?の持つ空気を描いた作品だと思いました

谷口ジローによる端正な江戸ガイトブック

散歩も江戸時代も大好きというわけで、『ふらり。』は本当に楽しい本だった。伊能忠敬がモデルと類推される主人公は気の向くまま足の向くまま。その視点は、ときに桜になったり、鳶になったり、星になったり、蟻になったり。江戸の娯楽や風物詩が織り込まれ、B級グルメもそこかしこに登場する。さまざまな人との出会いがあって、そのやりとりも奥深い。この時代の移動手段といえば、ほとんどの人は徒歩。確かに時間は掛かるし、移動できる距離や体力の限界もある。でも、歩いて回るからこそ見えるもの、得られるもの、感じられるものがあって、その尊さに気づかされる。 江戸の散歩ガイドブックというには端正で贅沢な一冊(コミック版『江戸ブラタモリ』?)だが、この気安さが散歩の真髄。主人公の柔らかでユーモラスな語り口が、ショートトリップをより心地良いものにさせている。次の休日、天気がよければ、ゆっくりと町歩きを楽しみたい。

稲子美砂 水天宮から渋谷までの半蔵門ラインを歩いたことがある。地図も持たずに道路標識だけが頼りだったが、まったく迷わず。結構歩けるものですね

やっぱり谷口ジローはすごい!

「月」では、主人公が川に浮かべた船上で、妻と十五夜の月見酒をする様子が描かれているのだが、彼らの頭上を雁が渡るコマがすばらしく、脳裏に焼きついている。月と灯篭のあかりで浮かび上がる幻想的な風景、川辺で影踏みをする子どもたちの声、さらさらと流れる水の音、ひんやりとした夜の空気、時折頬をなでる風の心地よさ―いま彼らが体感している感覚まで伝わってくるよう。電気も、便利な道具もない時代に、こんなにも人々は豊かな時を過ごしていたのだ。

服部美穂 6月17日に、ほしのゆみ『チワワが家にやってきた?』2巻が発売!「犬いい話特集」には描き下ろしマンガも!!

いまに繋がる江戸の記憶

震災の影響で一時、煌々と照らされていた街のイルミネーションが消えた。闇の帳が下りた東京で、夜は暗くて怖いものと改めて知らされた。交通機関は麻痺し、移動は歩くものだと思い出した。すっかり便利に慣れた僕らだが、昔となにが違うのだろう。江戸の切絵図を眺めるのは楽しい。それを今の地図に落とし込み、実際に歩いてみると更に楽しい。たった200年ほど前のお江戸の面影はそこかしこに残っている。谷口ジローの大江戸絵巻を手に、東京の街へ繰り出そう。

似田貝大介『死者はバスに乗って』三輪チサ&『黒い団欒』平金魚の『幽』怪談文学賞受賞作が刊行。今年の夏も怪談を!

眺めて感じる江戸の風景

目的もなく、ふらりと気の赴くままに歩き、町の風情や移り変わる季節を感じる。ただそれだけのことが、とても贅沢に感じられる。少し早い隠居を楽しみ、優しく美しい妻の手料理を味わう。主人公と同年代の男性なら、きっと誰もが羨ましく思うであろう、自由で気ままな時間。いつしか私も一緒に江戸の町を、ゆったり散策している錯覚におちた。この週末は少し遠くまで散歩に行こう。がちがちの頭と身体を開放しよう。その前に、方向音痴なので地図を準備しなければ。

重信裕加 本書に出てくる里芋の煮つけ、するめのつけ焼きがとても美味しそう。今月の「犬いい話特集」もお楽しみください

ゆったり散歩気分に

「ゆっくり。しっかり。江戸散策。」という言葉に、本書の魅力がすべて凝縮されているような気がします。さらりと出てくる有名人や主人公のモデルに想いをはせるのも楽しいですが、何者でもない〝隠居した男?が歩く江戸の町を、ただ感じるのも素敵です。お花見や潮干狩りなど、にぎやかで活気ある江戸の人々が非常に魅力的に描かれていて、元気になります。そしてなんといっても江戸の街並み。繊細に描かれた江戸の様子を見るだけで、旅した気分となるはずです。

鎌野静華 今年に入ってまだ一度も髪を切っておらず。女として、というか社会人としてどうかと。校了したら切りに行こう

巧みな視点と妻の滋味

さまざまな生き物に視点を仮託することによって、天から地から描写される江戸の街の美しいこと。測量家の才能を、こういった形で表現した谷口ジローさんは凄い。そして、妻のお栄さんがとても素敵だ「あなたはいつも気まぐれ知らぬ間にふらりとおでかけになられる」と、言いたいことは言いつつも、心底惚れていて、支えてついていき、そして力になる。大人の女性なのに可愛らしいところもあって、いいなぁ。「おいてけぼりなんて、いやですからね」ほんとうに。

岩橋真実 工藤美代子『もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら』も大人の女性の滋味あふれる怪談エッセイです

美しい江戸の街並みに心奪われる

著者によって美しく繊細に描かれた江戸の町にタイムスリップした。主人公と同じように、季節の移ろいを肌で感じたり、食べ物の美味しそうな匂いにつられてお腹をすかせたり。ゆっくり、ふらり、歩く。それだけのことがこんなにも楽しいのか。そうだ、いま私が歩いている道も、ゆっくりと地に足をつけて進めば鳥の目にも猫の目にもなれるのかもしれない。本書を読み終えたあと、たまにはまわり道をしてごらん、という主人公の声がどこからか聞こえてきた気がした。

千葉美如 塩まんじゅう、白酒に蒲鉾豆腐。本書に登場する食べ物がどれも美味しそう。孤独のグルメ江戸版を熱望!

今日の歩幅は一定している

主人公(伊能忠敬?)は自分の歩幅をおよそ70㎝ =二尺三寸と把握しており、つねにその幅を安定させようと努めている。そんな主人公であるから江戸を歩くときには、ついつい測量をしてしまうのであるが、彼が好きなのは測量することではなく、江戸そのものである。つつましい江戸の景気に心を奪われたときに彼が見せるうっとりとした表情には、吸い込まれるような魅力がある。『ふらり。』というタイトルが、歩くことの贅沢さを描いた本作の魅力を語り尽くしている。

川戸崇央 地震でひびが入った実家の外壁の塗り直し。親父が紫と言って譲らず。ラブホかよっ! 誰か親父を説得して……

「心のゆとり」に気付かせてくれる

四季折々の風情を感じることを「イベント」にしてしまっている私にとって、それを日常に捉えられる主人公に、とにかく羨ましさと憧れを抱く。また道楽だった測量が公儀へとつながっていく展開に、自然や日常を楽しめる余裕を持ちながら淡々と「好きなこと」に取り組んでいくその過程が、達成への一つのヒントになるのかもしれないと思った。〝ふらり?といられる心の余裕、時にあるがまま流される心持ち、それは今も仕事をするうえできっと必要なことなのかも。

村井有紀子 今月から編集部でお世話になります。エンタメ雑誌からの電撃移籍に周囲は驚愕……個性を大事に邁進します

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