今月のプラチナ本 2011年4月号『水域』(上・下) 漆原友紀

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/4

水域(上) (アフタヌーンKC)

ハード : 発売元 : 講談社
ジャンル:コミック 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:漆原友紀 価格:700円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『水域』(上・下)

●あらすじ●

日照りが続き給水が制限されている街で、中学3年の川村千波は、夏休みの部活中に暑さで意識を失ってから不思議な村の夢を見るようになる。豊かな水に恵まれたその村で出会ったスミオという少年と老人。そして見覚えのある古い家と美しい川。眠りから覚め、祖母に夢の話を伝えた千波は、そこは昔、祖母が住んでいた家だと聞かされる。夢だと思っていたあの村に、また行きたいと願う千波。ある日ふたたび村で目覚めた千波は、再会したスミオから、ここは雨が降り止まない村だと知らされる。『蟲師』の著者・漆原友紀が贈る、待望の最新作。

うるしばら・ゆき●山口県出身。1998年「アフタヌーン四季賞」にて四季大賞を受賞し、デビュー。『蟲師』で、2003年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。06年に第30回講談社漫画賞一般部門を受賞。短編集『フィラメント?漆原友紀作品集?』も刊行されている。

『水域』(上・下)
講談社アフタヌーンKC 各680円
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

うつろいゆく流れの中で失わないもの

僕たちはいつも、ろうろうと流れる水の傍らで、流れに身を任せ、ときに抗い、生きている。流れる水は変化の象徴であり、時の流れにも通じる。そう、本書は変化の物語であった。その中で変わらないものは何か、失ったものは何か、と問いつづける物語であった。水は流れ、変化する。人もうつろい、変化する。ゆえに今この一瞬一瞬を尊いと感じる。時を止めたいと願っても不可能なように、水の流れも、人の命も、とどまることはない。それでも大切な何かをとどめたいと抗うとき、奇跡は起こる。川の流れが止まったような深淵なる龍神の滝壺を起点に、時が止まる。僕たちは忘れかけていたものを思い出す。上巻前半で描かれる戦中戦後の物語に、気付いたら泣いていた。山間の美しい村で生まれ、育ち、恋をして、ささやかな幸いを得るという小さなさざ波のような展開。なのに涙が止まらない。そこには失って久しい風景と思いがあったから。美しく、潤いある物語。

横里 隆 本誌編集長。優れた電子書籍を選ぶ、「ダ・ヴィンチ電子書籍アワード2011」が、いよいよ3月23日に発表されます! ぜひ注目ください!!

人間本来の記憶に呼びかけてくる

私自身の水の記憶というと、小学校に上がる前に叔母や従兄弟たちと行った海水浴。ボートで何人かと沖に出たときに、幼い私はいきなり海に飛び込んだのだった。なんでそんなことをしたかと訊かれれば、水が気持よさそうだったからとしか答えようがない。『水域』では、さまざまな水のシーンが描かれる。冒頭、千波が意識を失ったときに見た夢の中で緑豊かな川に潜るシーン、スミオと一緒に滝壺のなかを泳ぎまくるシーン、橋の上から川に飛び込むシーン、布団の中で自分の部屋が水底にあるように錯覚するシーン。数々の水の場面を読むなかで、海に飛び込んだときに感じた水の気持ちよさを思い出していた。本書は、山々の自然、それと共存する素朴な村の暮らしの描写も実に美しく、眺めているだけでも懐かしい気持ちになれる。人間本来の記憶に呼びかけてくるような身体に効くマンガといえるだろう。疲れた週末、山や森に行くような気分で、手にとってもらいたい。

稲子美砂 〈物語〉シリーズに浸りきった一カ月でした。西尾×海堂対談はお二人の超人ぶりが如実にわかる内容。作家志望の方、必読です

目の前の川は、どこから流れてきたか

子と親、そして祖父母の3代にわたる物語である。彼ら家族は〝水?を通して、ダムに沈んだ村につながっていた。そして読後、私自身について考えてみる。自分の親、そして祖父母の育った場所は、どんなところだったのか。まったくわからない。何百年も前の先祖ならともかく、ともに暮らした肉親だというのに。だが私のように、別々の故郷から首都圏に出てきて結婚した夫婦の子どもにとって、それは珍しいことではないだろう。目の前の川は、どこから流れてきたのか。自分は、どの流れからここにたどり着いたのか。わからないのが当たり前になっているが、本当は〝当たり前?ではないのかもしれない。そう思うと途端に足元はふらつき、主人公・千波のように眩暈の渦に巻き込まれそうになる。自分の、家族の、村の源流は、消えてしまったのか。それともまだ、私の中に流れているのか。自分の内側のいちばん深いところに、この本は波紋を投げかける。

関口靖彦 水に潜っているとき耳に響く、くぐもった音。雨が木の葉や、舗装されていない地面をたたく音。いろんな水音の聴こえるマンガでした

だから時折涙になって沁みだしてくる

私は田舎育ちだが、千波のように田舎を知らない人もきっとあの村に郷愁を感じるはずだ。「どこへ行っても同じ村なんてない」「ここは今はもう無い場所なんじゃけえ……」美しい絵とともに時折飛び込んでくるフレーズに、なぜか涙がこぼれそうになった。大切な場所も、悲しい過去も「きれいに覆い隠して」私たちは生きていく。「深い深い底のほうにぽっかりと今はもう無い場所を湛えた水域│」そこは遠く、暗く、目を凝らしても見えないし、もう行けない。だけど今も豊かな水を湛えている。

服部美穂 名越&橋口コンビによる連載「東京西遊記」(P210)が今号で最終回! ショートカットして「心の天竺」に辿り着く方法を教えます

思いと記憶をとどめておきたい

昨年末、八ッ場ダムの開発を計画されている群馬県の川原湯温泉へ行った。住民の反対、大幅に遅れた工事│もしもダムが完成したら、いま自分のいる場所は水底になる。屈折した光が漂い、鼓動が聞こえるほど静かで冷たい水の中は恐ろしい。人を畏怖させる大自然には、同時に儚さが潜んでいる。大きなものを得る対価は、ちっぽけなものでは済まされない。「どこへ行っても同じ村なんてない」のだ。代えがたい犠牲の上にいまの生活がある。その思いと記憶を、この作品の中にとどめておきたい。

似田貝大介 川原湯温泉の湯は最高です。源泉で作った温泉玉子はとても旨いし、次に行くときは男衆が裸で湯をぶっかける、湯かけ祭りを見てみたい

それぞれの生きる場所、還る場所

スミオと千波たちをつなぐ現実と夢の境目は、いったいどこにあるのだろうか。ダムの建設に反対するスミオの父・竜巳が守ろうとしたものは、つつましい生活のなかで築きあげ温め続けてきた家族や仲間との絆、そして心が還る場所だったのではないかと思う。私も小さい頃に遊んでもらった一人のおばあさんのことを思い出す。それが誰だったのかはっきりと思い出せなかったのだが、父方の今は亡き大叔母だと最近知った。故郷を離れずいぶん年月が経ったが、還る場所があることを有り難く思う。

重信裕加 最近極端に視力が下がったような気がするが気のせいだと思うことにしている。なんとか自力で回復したいので、ブルーベリーを大量摂取中

美しい村の描写に涙

変わらないと信じていたものがなくなってしまったら、しかもそれが帰るべき場所なら、なおさらつらい。私は、子どもの頃は引っ越しをしたことがないし、大学に進学してから今に至るまで、すぐ実家へ帰れる距離に住んでいるので、帰るべき場所がなくなる、という感覚が、実はない。わからないからこそ、恐怖を感じる。場所に帰るのではなく、大事な人のそばへ帰るんだ、とも思うけど、深山村のような苦しい決断を、現実世界でもせざるをえなかった人々が多くいることは憶えておきたい。

鎌野静華 3月18日、土屋礼央さん単行本『なんだ礼央化 ダ・ヴィンチ版』の第4弾が発売です。詳しくは本誌P202をご覧ください!

いつかあった、もう届かない場所

澄夫とおじいちゃんと千波の会話が切ない。自分の生きる背後に広がる世界に想いを馳せること。もう届かない、戻れない場所にこがれること。かわらないでと願うこと。彼らの村のような大きな物語があるとは限らないけれど、誰しも〝もうゆけない場所?を持っているんじゃないかな。想うと、胸の奥んとこがきゅってなるような。場所に限らず、もう会えない人とか。それら、ここまでに自分が、いや自分に限らず先祖すべてが関わってきたものや場所や人の気配をまといながら、ひとは生きるのだ。

岩橋真実 MF文庫ダ・ヴィンチ新刊の雀野日名子『山本くんの怪難』も、ふるさとの変化に交錯するさまざまな人々の思いを描いた傑作です。ぜひ!

記録したい家族の記憶

祖母や両親の記憶│故郷の風景、幼少時代に好きだったもの、祖父との出会いー。自らの出自にもつながる家族の記憶はとてもかけがえがない。最近、祖母や両親にせがむように聞いているのは、歳を重ねて記憶の儚さを知ってしまったからかもしれない。覚えている人がいなくなれば沈んだ村のようにこの世から消えてしまう。水の底に沈んでしまったスミオが家族を繋いだように、今を一緒に過ごす家族との時間が私の記憶の底にこれからも滴り続け、思い出となって消えてしまわないと信じたい。

千葉美如 大田垣晴子さんの新連載スタート。1年を5日ごとに切り取る七十二候。四季がある国に生まれてよかった、と実感するはず。もう春ですね

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