今月のプラチナ本 2011年3月号『完全なる首長竜の日』乾 緑郎

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/4

【映画化】完全なる首長竜の日 (『このミステリーがすごい! 』大賞シリーズ)

ハード : 発売元 : 宝島社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:乾緑郎 価格:1,512円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『完全なる首長竜の日』乾 緑郎

●あらすじ●

人気少女漫画家の和淳美は、昏睡患者とコミュニケートするために開発された「SCインターフェース」という医療器具を通じて、自殺未遂を起こし植物状態となった弟と、センシング(意志の疎通)を続けている。何度センシングを試みても、淳美に自殺の原因を話そうとはしない弟、そして彼女の脳裏に幾度となくよみがえる、子供の頃に家族と出かけた南の島での記憶─。ある日、とある女性からかかってきた電話によって、淳美のまわりで不可思議な出来事が起こりはじめる……。『このミステリーがすごい!』大賞第9回大賞を受賞した新進気鋭の作家・乾緑郎が描く、注目のサスペンス・ミステリー!

いぬい・ろくろう●1971年、東京都生まれ。鍼灸師の仕事をする傍ら、劇作家として複数の劇団の脚本も手掛ける。『忍び外伝』(朝日新聞出版)で、2010年第2回朝日時代小説大賞を受賞。『完全なる首長竜の日』(宝島社)で、『このミステリーがすごい!』大賞第9回大賞を受賞し、新人賞二冠を達成した。

『完全なる首長竜の日』
宝島社 1470円
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

現実と夢の境界がゆらぐ不安と快感

この世界のすべては夢なのではないかと考える。皆そのことにどこかで気付いているから現実と夢の境界が崩れる物語に惹かれるのではと。『マトリックス』しかり、『インセプション』しかり。すると『胡蝶の夢』の答えは「どちらも夢」なのか。蝶になった夢を見ているあなたも誰かの夢で、その誰かもまた誰かの夢で、と延々と入れ子構造が続く。本書ではそんな迷路に迷い込む。それは果てしなく寂しくて心細くて、仄ほのかに心地いい体験だった。だからこそ作中で紹介される〝シミュレーション仮説?に興味を持った。哲学者ニック・ボストロムが提唱する仮説で、「惑星あるいは宇宙全体をシミュレート可能な高度な文明が存在すると仮定するなら、我々の感じている現実は、それらのシミューレションの中にあるという証拠と可能性が十分にある」というもの。素敵でしょ?SF、ミステリー、哲学、文学の魅力が詰まった贅沢で上質な作品だ。本当に面白かった!

横里 隆 本誌編集長『二日間に渡るバレエ発表会が終了。簡単な踊りなのにうまく踊れなかった。悔しかった。歌って踊れる編集長への道のりは、まだ遠い……

自分の判断力が揺らぐ瞬間

著者名を知らずに読めば、女性作家の作品と思っただろう。それほど、主人公である漫画家・和淳美の一人称の語りは馴染んでいた。彼女の日常生活の描写、編集やアシスタントとの会話、思考・感情の動きなど、その滑らかな文章が、「SCインターフェイス」「コーマワーク」「センシング」「フィロソフィカル・ゾンビ」など設定を支える専門用語の頻出も負担に感じさせない。この世界にすうっと入っていけるのだ。本書を読んでいると、徐々に自分の判断力が揺らいでくるのがわかる。これはセンシング中の淳美の仮想現実なのか、それとも現実なのか。境界が見えなくなってくるというか、ある種の酩酊感。夢とは思えないほどリアルな夢を見たときに「これって夢だよね」って自問しているような感覚だろうか。活字でここまで連れていけるのは大した筆力だと思う。サリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」とのリンクもうまい。つられてそちらも再読した。

稲子美砂 『佐野洋子対談集 人生のきほん』がすごくよかった。とても及ばないけれど佐野さんのように生きて死ねたら……そう思わせてくれる本でした

圧倒的な描写力に、夢中にさせられる

あなたは昨晩、夢を見ただろうか。夢というのはまるで脈絡がないようでいて、どの夢にも共通する何かーー意識下の記憶や願望のようなーーがある気がする。そして切れ切れに場面が移り変わっていくのに、一瞬だけ見た海のきらめきや、不快なにおい、風のあたたかさなどがやけに生々しかったりする。そう思うと、本書はまさに夢を見ているような小説だった。南の島の海辺での思い出、現在の仕事場でのやりとり、疎遠な祖父の記憶の断片ーー物語の冒頭から、短いシークエンスが並べられていく。一見、どうつながってくるのかわからない。でも、つながってくるという確信がある。そして各場面では、人物の来歴や場の情景がくどくど書かれるわけではないのに、その人はどんな人なのか、その場にはどんな空気が流れていたのか、はっきりと感得させられてしまう。著者の描写力は圧倒的で、主人公が、そして物語がどこへつながっていくのか、夢中に読むしかない。

関口靖彦 最近、ホッピーにはまっている。ホッピー、焼酎、ジョッキを冷やしておき、氷は入れない方式。難点は、空き瓶が見る見る台所を埋め尽くすこと

「生きている実感」の正体って何?

SCインターフェース」を用いて夢の中に皆が訪ねてきてくれるようになったら、世の中は眠り続ける人で溢れてしまうのではないか。思春期の頃は、夢と現実の境目が曖昧で、20代までは嫌なことがあると眠ってばかりいた。若いときは感覚も鋭敏だし、現実世界で感じる痛みは耐え難い。しかし、勇気を出して一歩踏み出し、痛みと格闘しているうちに、次第に耐性がついてくる。だがふと思う。私はいま本当に目覚めているのだろうか? 代わりに違う誰かを眠らせてぼんやり生きてはいないかと。

服部美穂 『怒らないこと』スマナサーラ長老の一日体験会で瞑想体験しました。まるで運動後みたいな爽快感。今回の特集は色々ためになりました

読者をまどろみの迷宮へ誘う大型新人

記憶が崩壊したときの恐怖は何ものにも代えがたい。リアルな夢から醒めると、思考が停止した後に急速な逆回転が始まる。その瞬間、冷や汗とともに僕のマブイ(魂)は抜け落ちる。沖縄周辺では、驚いたり転んだりするとマブイを落としてしまうという。その場合はきちんと拾わなければならない。淳美の曾祖母がガジュマルの木の下で見つけたマブイのように、僕はいくつも落としたままでいる……。記憶と記憶が繋がる世界で、夢と現実の行き来を繰り返す描写は、読み手の足元をも霞ませる。

似田貝大介 3月発売予定の幽ブックスは、綾辻行人さん『深泥丘奇談・続』&小野不由美さん『ゴーストハント3乙女ノ祈リ』の2冊同時刊行!

夢と現実の境界線で思うこと

夢で見聞きした記憶が現実とないまぜになったり、幼い頃に一緒に体験したはずの思い出が人によって全く違ったりということは、よくある。謎の多い夢や記憶といった脳の不可解なシステムが、本書の「SCインターフェース」で有効的に解析できるとしたら、私は誰とセンシングを行なえるのか、そしてコミュニケートをとれる信頼関係を築けているのかと、少し不安になった。向こう側の夢の世界とこちら側の現実世界。そのあやふやな境界線に、いつも私たちは立たされている気がしてならない。

重信裕加 本書に出てくる、ルネ・マグリットの風景画がとても幻想的で魅力的! 今月は「少女マンガがとまらない」特集もぜひお楽しみください!

出口の見えない先行きに恐怖!

先日テレビを見ていたら、ゲストに目隠しした状態で飲み物を飲んでもらい何を飲んだかを当てる、というゲームをやっていた。そのときはゲスト全員がまったく違うものを答えていて、人間って匂いや味だけでなく五感に頼って判断しているんだなぁと驚いた。「植物状態になった患者とコミュニケートする」というのは、ある種の仮想空間だ。この空間が非常に現実味を帯びていたら、私たちの五感は現実と判断するのだろうか。淳美が感じる恐怖を追いながら、出口を必死に探したくなった。

鎌野静華 風邪によいと評判の「れんこんのすり流しスープ」をただ食べたくて作る。数日後本当に風邪をひく。体調悪すぎて作れなかった……

私は、本当は存在しないのかも

とりまく世界の何が本当か。足元がゆらぐ心地悪さ=小説がもたらす心地良さの一種で、卓越した構成力と、なのにロジカルな方向に振るのではない情緒性のたまもの。恐るべき新人賞受賞作だ。〝ロボットに心があるか?と〝他人に心があるか?は構造的には同じ。「サリンジャーが随分と前に亡くなった」未来で実際、ヒトはどんな形で意識や自分という存在を保つのだろう。想像の中の他人は、私なのか他者なのか。と読後は色々考えさせられますが、読中は物語世界に身を委ねるのがオススメ。

岩橋真実 学生時代、電気生理学的手法で神経細胞の活動を記録・解析してました。意識が全て電気的・化学的産物でも、それはそれでロマンチック

まどろみの中の静謐なミステリー

センシングはできないが、夢をよく見る。その日会った人やふと思い出したこととかが螺旋となり、後悔、願望、不安といった潜在意識が炙りだされる。目覚めたときに現実との境界が曖昧でぞくっとすることも。本書に描かれるフィロソフィカル・ゾンビやマブイのように私の潜在意識をもった魂も、もしかしたらこの世に彷徨っているかもしれないと想像して少し身震いする。ただ、私の潜在意識は願望が9割だから、本書のようにそろりそろりと迫ってくるサスペンスとは無縁だと思うけれど。

千葉美如 ゴルフ上手になる夢をよく見る。これだけはいくら夢見れど現実との壁は厚い。そろそろ現実ときちんと向き合って夢を越えたいものです

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