今月のプラチナ本 2011年1月号『タイニーストーリーズ』山田詠美

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/4

タイニーストーリーズ

ハード : 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:山田詠美 価格:1,400円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『タイニーストーリーズ』 山田詠美

●あらすじ●

短編の名手・山田詠美による珠玉の物語集。「これまで私の内に醸造されて来たであろう色々なものを、あらゆる角度から削り取って、それぞれの断面から、まだ書いたこともない、さまざまな短編小説を紡ぎ出したいと願いました」と、あとがきに書かれているように、誰も書いたことがない新しい短編小説の豊穣がここにある。(収録作品)マーヴィン・ゲイが死んだ日/電信柱さん/催涙雨/ GIと遊んだ話(一)/百年生になったら/宿り木/モンブラン、ブルーブラック/ GIと遊んだ話(二)/微分積分/ガラスはわれるものです/ LOVE 4 SALE /紙魚的一生/ GIと遊んだ話(三)/ブーランジェリー/にゃんにゃじじい/涙腺転換/GIと遊んだ話(四)/クリトリスにバターを/ 420、加えてライトバルブの覚え書き/予習復讐/ GIと遊んだ話(五)

やまだ・えいみ●1959年、東京生まれ。85年、『ベッドタイムアイズ』で文藝賞を受賞し衝撃的デビュー。87年に『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞、89年に『風葬の教室』で平林たい子文学賞、91年に『トラッシュ』で女流文学賞、96年に『アニマル・ロジック』で泉鏡花賞、2001年に『A2Z(エイ・トゥ・ズィ)』で読売文学賞、05年に『風味絶佳』で谷崎賞を受賞。著書に『ぼくは勉強ができない』『マグネット』『姫君』『PAY DAY!!!』『無銭優雅』『学問』など。

『タイニーストーリーズ』
文藝春秋 1400円
写真=森 栄喜
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編集部寸評

圧倒的な技術に裏打ちされた宝石たち

匠の技だと感じた。収められた短編のどれもがさらりとまとめられていて、すうっと心に入ってくる。でも、ゆっくり噛み締めてみると見えてくる。選び抜かれた言葉の組み合わせによって緻密に編まれた作品ばかりだということが。文体も趣も異なる物語たちは、同じ作家が生み出したものなのか?という驚きを禁じ得ないが、そこには通底する技がある。まるで「短編はこういうふうに書くものなのよ」と教えてくれているよう。もちろん〝こういうふう?に書くことは生半可なことではない。短くて小さな話だからこそアイデアが重要となるし、贅肉を削ぎ落としたシンプルで美しい定理が浮き上がるようにしなければならない。それが見事に成功した本書は、だからだろうか、どこか幻想譚のようにすら感じるのだ。「GIと遊んだ話」などは、現実的エピソードにもかかわらずお伽噺か寓話のようですらある。言葉が結晶化した宝石たちは、夢幻の美しい光を放つのだ。

横里 隆 本誌編集長。小野不由美さん『ゴーストハント』の刊行が遂にスタート! 『テレプシコーラ』第2部の完結巻、5巻が12月22日に発売! ぜひ!

愛しきは女の強さと男の弱さ

「一貫したテーマも文体も何もなし。無責任な寄せ集め」とはあとがきにあった言葉だ。たしかにストーリー、雰囲気などは違うけれど、そこに描かれているさまざまな感情はどれも愛しくて切ない。著者が人間に注ぐ視線のような気がした。とくに好きだったのは「催涙雨」。精神病院の話があんなエロティックなラストシーンになるとは! 空気感を見事に反転させた鮮やかさに息を飲んだ。「マーヴィン・ゲイが死んだ日」は「ファミリーって、本当に素晴しい!」(by 久美叔母さん)を実感させるユーモラスな一編。本作や、〝百歳の大犯罪者?を目標に掲げる「百年生になったら」の正子の変身ぶりを読むと、女性の逞しさに感謝したくなるだろう。翻って、本短編集の中には〝女々しい男?もたくさん登場する。寂しさに打ちひしがれたり、不遇に泣き言を言ったり……。でも、そういった男たちの弱さを、著者はこのうえなく愛しているのだろうなあと感じさせる。

稲子美砂 「正紀」「正子」「正一」「正吾」――21編の中に「正」のつく名前を4人も発見。偶然なのか、それとも何か理由があるのだろうか?

鮮やかな幕切れが、読者の胸を貫く

短編小説が好きだ。わずかなページ数に、作家の持ち味と、登場人物の感情が凝縮されている。削り込まれたシチュエーション、研ぎ澄まされたセリフ、「これ以外にはありえない」というエンディングが濃密な余韻を残す。笑いをとるオチでもなく、お涙ちょうだいのベタでもなく、唐突に読者をほったらかすのでもない、ウェルメイドなエンディング。本書収録の短編を読み返して印象的なのはこの幕切れの鮮やかさで、「笑える」「泣ける」なんて単純化できない感覚が、胸の奥深くまでを貫く。たとえば……と全話の感想をここに書いてもしょうがないが、閉店後のクラブで老残兵と若い女が踊るステップは耳に焼きついているし、ホールに残る酒とタバコの匂いも、今そこにいたかのように鼻にまとわりついている。ほんの十数ページの「GIと遊んだ話(二)」。落ちぶれた男のこれまではほとんど明記されていないが、彼はこの本に確かにいて、私は彼と出会えた。

関口靖彦 古本屋に行っても、短編集ばかり購入。最近買ったのは『ジョン・コリア奇談集2』。ひどい話満載で、にやにや読み進めています

名ショコラティエが粋を凝らした21粒

モンブラン、ブルーブラック」「ブーランジェリー」……好きな作品はたくさんあるが、今もずっと余韻が残っているのは5編からなる「GIと遊んだ話」だ。山田詠美さんの体験をベースに作られた話だと思うが、ほどよく冷えていて、とても芳しい。感情、皮膚感覚、当時の空気まで、ずっしりと重みを持って迫ってくる。(二)のサー・ジャクソンとのダンスシーン「この人は、自分の骨格を女の体のための額縁にすることを知っているんだ」こんな一文をさらりと書けちゃうなんて。かっこいいなあ。

服部美穂 ブックオブザイヤー特集でマツコ・デラックスさんに取材しました! 数年前『5時に夢中!』観て以来ファンだったのでうれしかったです

めまぐるしく変わる小さな話たち

不穏だけれどどこか滑稽で優しくてエロチック。さまざまな色形の作品が詰まったおもちゃ箱のような一冊だ。一編一編はさらりと読めてしまうが、それぞれに詰まった濃密な空気から、自然と著者の気概が伝わってくる。誰もが美しいと感じる涙だが、「涙腺転換」では膀胱にたまって尿と化し、「紙魚的一生」では納豆になってしまう。涙ひとつだけでも大きく広がる想像力=〝作家の目?が生むものは喜劇であり悲劇でもあるのだ。〝反射神経が研ぎ澄まされた短編?がなんたるかを知った。

似田貝大介 本誌連載「マンガ狂につける薬」の単行本『マンガ狂につける薬 二天一流篇』が刊行。怪談専門誌『幽』14号は12月17日に発売!

大人だから味わえる極上のアソート

一編一編、味わいながら読んだ。「百年生になったら」の正子に笑い、「GIと遊んだ話」の登場人物たちに思いを馳せ、「モンブラン、ブルーブラック」の薫子(なぜかニクめない)にハラハラさせられた。砂糖菓子のように甘くて繊細な言葉、一生懸命なのにどこか可笑しい人間模様、ほろ苦い人生の物語など、そのどれもが愛おしく感じられるのは、なぜだろうか。「世の中はまだまだ素敵だよ」と言われているような気がして、なんだか妙に胸がくすぐったい。大人になってこの本に出会えてよかった。

重信裕加 電子音楽と映像が融合したインタラクティブ・パフォーマンス集団・白Aのライブに行きました。かっこよくて面白い! いま大注目です

善美さんの愛されっぷりがいい

いろんな色の短編がつまった一冊だった。なかでも「マーヴィン・ゲイが死んだ日」が好きだ。善美さんの遺品整理で見つかったメモ書きから巻き起こるちょっとした騒動は、悲しいはずの別れの中に、急逝した身内への愛があふれている。故人との思い出を語り合いながら、悲しみを乗り越える。残されたものにとっては、大切で必要な時間。読んでいて切なく、そして温かくなった。……ただ自分が死んだときのことを考えると、残すものは最小限に留めたい。最近はやりの〝断捨離?で準備かな。

鎌野静華 ライセンスさんを取材。言葉へのこだわり、感覚の鋭さに脱帽。言葉を商売道具としたお二人ならではのやりとりは取材で聞くには贅沢だ

世界を色づかせる愛しいものたち

好きな人やものが、世界を色づかせる。彩るのは、相手やもの自身というより「堕ちている」自分だ。世界がざわっと音をたて煌めき色を変える。でも恋はパワーを使う重労働でもある(もらえる分も大きいけど)。本書は、著者の極上の想いが21、たんまり詰まっていた。小説というものや題材への、恋心や愛。とても濃密なのにすがすがしい。一冊に纏まった煌めきを読める愉悦。短編集だけど一気に味わいたい。「GIと遊んだ話」「にゃんにゃじじい」「ブーランジェリー」などが特に好きでした。

岩橋真実 『幽』14号が12月17日発売です。夢枕獏さんが、あの山岳小説の大傑作『神々の山嶺』のスピンオフ作品を書き下ろしてくださいました

忘却の彼方でよみがえる大切な思い出

GIと遊んだ話」に出てくる夜が好き。夜の闇に纏われると大胆になって、冒険心がむくっと顔を出す。いつもと違う自分と相手に出会える楽しさ。そして私にも忘れられない夜があることを思い出した。学生時代の友人や恋人。なぜか、思い出すのはかつて親密だった人たち。忘却の彼方で、彼らと交わした夢の話や一緒に飲んだお酒の味が、ふわっとよみがえってくる。キラキラと光を放つおとぎ話のようなお話は、忘れかけていた大切な思い出を心の奥にそっとしまってくれるのでした。

千葉美如 先日アンコウ鍋とキリタンポ鍋を食べました。寒くなってすっかりビールの美味しさを忘れていましたが、お鍋が思い出させてくれました

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