今月のプラチナ本 2010年11月号『Iターン』福澤徹三

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/5

Iターン (文春文庫)

ハード : 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:福澤徹三 価格:771円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『Ⅰターン』福澤徹三

●あらすじ●

東京の中堅広告代理店に勤めるリストラ寸前のサラリーマン・狛江は、突如左遷まがいに北九州・小倉にある支店への転勤を命じられる。“業績が出せなければリストラ必至”の単身赴任先で彼を待っていたのは、仕事のミスが招いた借金地獄とヤクザの杯(さかずき)だった。悲惨、凄惨のち爆笑。なぜか元気がわいてくる新感覚リーマンノワール。平凡な47歳のサラリーマンが絶望と挫折の果てに到達した「Ⅰ=自分」ターンとは?

ふくざわ・てつぞう●1962年福岡県北九州市生まれ。デザイナー、コピーライター、専門学校講師を経て、作家活動に入る。『すじぼり』で第10回大藪春彦賞を受賞。著書多数。近刊に『真夜中の金魚』(角川文庫)、『死ぬよりほかに』(徳間文庫)、『憑依』(共著/光文社文庫)、『怪談実話系4 書き下ろし怪談文芸競作集』(共著/MF文庫ダ・ヴィンチ)、『怪談実話 黒い百物語 叫び』(メディアファクトリー) などがある。

『Ⅰターン』
文藝春秋 1,680円
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

リストラ直前中年男がターンする場所

いったいどうしてこんな世の中になっちゃったんだろう。というようなことが最近あまりにも多すぎる。社会の規範もモラルも揺らいで、あげく社会そのものの輪郭が茫漠としてきたようだ。変化をいち早く察知した順応性の高い若者たちはすっかり家族や学校や会社の言うことなんかきかなくなっているし、社会を信じつづけられた団塊の世代はそのまま幸せな定年を向かえているし。で、間に挟まれた30代?40代は寄りかかっていた社会が崩れて、ただオロオロしている。本書の主人公・狛江もヤクザたちも(僕も)、皆このオロオロ世代。サラリーマンもヤクザも立ち位置は違えども社会性の高い(組織や共同体の安定を前提とした)存在なのだ。物語後半、ヤクザと共闘していく狛江が活き活きして見えるのも、闘っている相手が同じだからだろう。敵は時代の理不尽な変化だ。そして狛江は、変化の時代を生き抜くために必要なタフさを痛烈かつ爽快に示してくれるのだ。

横里 隆 本誌編集長。渾身の「中島みゆき特集ふたたび」を堪能ください!そして鈴井貴之『ダメダメ人間』も発売後即重版! 読者の皆様に大感謝

小市民サラリーマンがタフになる物語

都会の広告代理店の社員として、事なかれ主義で暮らしてきた主人公がいきなり北九州へ左遷。些細なミスを犯した狛江は、ヤクザと対決せざるを得なくなる。正義を振りかざせば殺される、死にたくないなら悪に手を染めるしかないという選択の余地のなさ。最初ははらはらしたが、それは私も主人公と同じ都会の正義を全うしている(と思っている)小市民だから。しかし物語はシリアスには行かない。それは狛江が見苦しくても、タフにヤクザと渡り合い、しのぎを削っていくからだ。そしていつのまにか爆笑とともに爽快感がどどっと押し寄せてくる。理屈や正義で説明できない部分に、生きているリアル感ってのが存在するんだよな?。そういう部分を現代社会は排除しがちだけど、真面目に生きすぎると世界は堅苦しくてつまらないものになってしまうんだ。思えば中島らもさんもそういう部分を大事にした作家だったな……。

岸本亜紀 11月には小野不由美さんの新刊とともに第二子の出産も(笑)。しばし休みに入ります。飛田和緒さん、加門七海さんの新刊も同月発売予定

どんなに無様でも、生き延びよう

主人公・狛江は、私そのものだと思った。真面目に業務に勤しむつもりはあるけれど、思慮が足りずに隙だらけ。ヤクザに借金漬けにされ、企業舎弟にならざるをえなくなり、抗争に巻き込まれてドツキ回される。その転落ぶりはあまりにあっけなくて、笑うしかない。しかし笑えるのは転落の過程のドタバタであって、狛江という男の人生を笑うことは私にはできない。この年齢で職を失ったらアウト……その恐怖に駆られて必死に会社にしがみつく姿は、まさに私自身のものだからだ。狛江は前向きに立ち向かうでもなく、スマートに脱出するでもなく、ただひたすらにチャンスにすがる。大成功にはつながらない、あした一日は生き延びられるだけのチャンス。そんなか細いチャンスをたどって一日一日生きているのは実はサラリーマンもヤクザも同じで、読み終えるころには全ての登場人物が同志に感じられる。無様でも、生き延びよう。そう思わせてくれる小説だ。

関口靖彦 福澤さんの短編集『死ぬよりほかに』も、前向きにも後ろ向きにも突っ走れない普通の人々をビターに描いていて、身につまされます

サラリーマンへの応援歌

物語冒頭は、絵に描いたように哀しい中年サラリーマンの姿に、現実社会のリアルな世知辛さを感じるし、そんな彼がヤクザにつかまり、借金地獄に陥っていく様に、どんよりした気持ちになる。だが、そこからの物語の展開に目が離せない。諦めきって疲れきっていたはずの主人公が、今日一日を乗りきるために、がむしゃらに必死でもがく姿は、ものすごく泥臭く、とても格好悪い。だが、それがすごくいいのだ。おっさんやるじゃん! 夢中になって読み終わった後は、こちらまでなんだか憑き物が落ちたような爽快感を味わえます。

服部美穂 内田樹特集」で掲載しきれなかった対談の続きとお悩み相談をWEBダ・ヴィンチにアップしております。そちらもあわせてご覧ください!

地獄行き片道キップの爽快感

会社、家族、地位、名誉││オヤジたちにとって命よりも重たいものはいっぱいある。性質の悪い人間につきまとわれ、瞬時にして多額の借金を抱え込んだ狛江。後戻り不能の絶望と生殺しの恐怖。馬鹿馬鹿しいほど社会にすがる狛江の悲痛な思いは、僕の胸と胃を内側から締めつける。だが、胃痛も麻痺するほどにふっきれたオヤジは本当に惨めだが最高にカッコイイ。暴走機関車に乗って地獄の一丁目を疾走するがごとくヤケクソな爽快感、そして俗気たっぷりの登場人物たちがたまらない。北九州へのイメージが作品世界に染まっていく……。

似田貝大介 夏の怪談イベントがひと段落したと思ったら、12月発売予定の『幽』14号がスタート。次号『ダ・ヴィンチ』は小野不由美さんの特集です!

人生捨てたもんじゃない

さえない中年サラリーマン・狛江のこれまでの生き方が試されるかのように、単身赴任先に待ち受ける数々のトラブル。仕事のミス↓借金地獄↓裏社会の罠……。現実にはなさそうでありそうな展開が妙にリアル。最初はピンチを振りきる体力も経験もない狛江だが、物語中盤あたりから少しずつ力を蓄えていく様子は、まるでアメリカンヒーローもののダメな主人公のようで、ついつい応援したくなる。滑稽で切なくて、でも元気になれる中年男の成長物語として一気に楽しめた。次は、パワーアップした48歳からの狛江の人生をぜひ読んでみたい。

重信裕加 鈴井貴之さんの新刊『ダメダメ人間』サイン会で全国を縦断中。今月は3年ぶりの中島みゆき大特集! 糸井重里さんとの対談も必見です

不幸の連鎖がなぜか爽快?

さえない中年男性のちょっとした不運が雪だるま式に大きくなって、気付くと昨日立っていた場所さえ遠くにかすんで見える。そんなある意味テンションMAXの作品だった。冒頭からリストラ、借金、ヤクザと不幸てんこ盛り。しかもそれらは自分の判断ミスで増えていくから、愚痴の言い場所さえ見つからない。こんな状況に立たされたとき、「I=自分」ターンに持っていけるかどうかは、その人の馬力にかかってくる。自分だったら開き直るかあきらめるか(笑)、微妙なラインだと思った。でもまず借金という発想はないな?。

鎌野静華 10月25日発売の文庫アンソロジー『学園祭前夜』のカバーイラストはマンガ家の紺野キタさんです! すごくカワイイですよ?

後半怒涛の展開に一気読み

リストラ寸前の単身赴任サラリーマンがなぜかヤクザの舎弟に……という設定は、正直入り込むまで時間がかかったが、読み進めるうち、狛江の先行きの見えなさと事件の展開にページを繰る手が止まらず、気がつけば一気読み。組長岩切やインテリ西尾ほかヤクザたちの論理は、社会的な正しさとは一味違う。けれど、彼らのあるべき姿をしっかり認識していて勢いもあるから、狛江同様呑まれてしまうし、ある意味すがすがしい。そしてしっかりエンタメの王道を走る怒涛の展開と大団円。読み終えれば笑顔と不思議な爽快感が待っている一冊でした。

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