ゴシック風味の怪奇趣味と論理的な解決を融合させた傑作ミステリー

小説・エッセイ

公開日:2013/3/21

黒死荘殺人事件

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android 発売元 : グーテンベルク21
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:ジョン・ディクスン・カー 価格:648円

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はじめにお断りしておくと、本書は前にハヤカワミステリー文庫から出ていた『プレーグ・コートの殺人』とおなじ小説である。一度お読みになったかたはお求めになる場合ご注意願いたい。

ただし、こっちの方は平井呈一による名訳なので、もう一度読んでみたいと思われた方、初めてお読みになる方には、最良の1冊なんである。

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どこが名訳かというと、なんといってもその日本語のなめらかさ。とても翻訳小説とは思えない。またキャラクターを生き生きと活躍させる会話文の妙。すばらしいの一語に尽きるわけである。まことに読みやすい。

また、ミステリーとしてのできも別格で、これを読んだ横溝正史が刺激されて『本陣殺人事件』を書いたことはあまりに有名である。

主な舞台は黒死荘と呼ばれるまがまがしい雰囲気の漂う屋敷だ。語り手の「私」、友人のハリデー、その叔母のベニングス夫人、夫人の友人フェザーストーン少佐、ハリデーの許嫁マリオン、ロンドン警視庁の警部マスターズ、といった面々が集まったとろで、精神心理学者と称するダーワースという人物が、助手のジョゼフを霊媒にして霊の憑いているととかく噂の石室を浄化するのだという。

だが、準備を整えるために石室に籠もっていたダーワースが無残に切り刻まれて殺害される。石室のまわりは折からの雨でぬかるみ状態だったが足跡のひとつもない。その上ひとつしかない扉には外からも内からも頑丈に施錠されている。完璧な密室である。

ご存じの方もおられようが、著者のディクスン・カーまたの名をカーター・ディクスン、この方の大の得意技は密室殺人だ。誰も出入りのできないはずの部屋に死体が転がっているというもの。

vそこへおどろおどろしい伝説や奇怪な噂話、魔術を連想させる道具立て、などなどが重ね着されて、いよいよ読者の気分をあおる寸法になっている。

本書でも、幽霊による殺人かと思わせ、喉をかっきられた猫が登場し、17世紀に西欧を地獄に変えたペスト(黒死病)の逸話がこれでもかと投入される。おもしれえったらねえ。

実はこの面白さの理由は、カーが見事に「小説がうまい」点にある。日本の本格小説で、読んでいてあまりに作り物っぽくてあきれ、投げ出してしまうことがあるのは、トリックは巧みでも、小説がヘタだからである。

たとえばカーは、どんな小説でも中たるみしがちな中程で、やっと名探偵ヘンリー・メルベル卿を登場させ、その頑固でベランメエでお調子者のキャラクターを存分に発揮させ、物語の展開をスムーズに進行させてみせる。

難攻不落の密室をヘンリー卿は、さてどう解くのだろうか。おもしれえよ。


猫が首を切られている。不吉な前兆がただよう

石室に向かう泥濘にはまったく足跡がない

石室は完全に施錠されている

17世紀のペストの逸話が展開される