2010年06月号 『叫びと祈り』梓崎優

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/5

叫びと祈り (ミステリ・フロンティア)

ハード : 発売元 : 東京創元社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:梓崎優 価格:1,728円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『叫びと祈り』

梓崎 優

●あらすじ●

海外の動向を分析する情報誌を発行する会社に勤める斉木は、塩の道を担うキャラバンを取材するため、サハラ砂漠を訪れた。そして、砂の旅路の中で、殺人事件が起こる。誰が、何のために殺したのか? 斉木がたどりついた答えとは──(「砂漠を走る船の道」)。そのほか、ドン・キホーテで有名なスペインの風車の丘で繰り広げられる、学生時代の恋にまつわる推理合戦(「白い巨人」)、ロシア・モスクワの修道院での、聖人列聖を巡る悲劇(「凍れるルーシー」)、アマゾンの密林で勃発した伝染病と殺人事件(「叫び」)、そして“祈りの洞窟”の正体と、斉木本人をめぐる謎(「祈り」)──“旅人”の青年が世界各地で遭遇する謎と、その背後に交錯する“人の想い”を、論理的かつ抒情性も豊かな文体で描き出した、恐るべきデビュー短編集。

しざき・ゆう●1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。2008年、短編「砂漠を走る船の道」で第5回ミステリーズ!新人賞を受賞する。同作品は綾辻行人・有栖川有栖・辻真先の3選考委員から激賞され、満場一致で受賞が決定したという。受賞作を第1話に据え連作化した本書で単行本デビューを果たす。

『叫びと祈り』
東京創元社 1680円
写真=石井孝典
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編集部寸評

大樹となる新たな才能の誕生に喝采を

異常気象でも春は来る。若葉は芽吹く。出版不況とか小説離れとか言われても新しい才能は生まれ来る。梓崎優という芽はやがて村上春樹や伊坂幸太郎といった大樹に育つだろう。新たな才能の誕生に立ち会う歓びを、ぜひ多くの人と分かち合いたい。本書の注目ポイントは、収録作に共通する謎が「誰がどうやって殺したか?」ではなく「なぜ殺した(殺さねばならなかった)のか?」にある点。すなわち著者の妙味はトリックの解明よりも犯人のモチベーション(動機)の謎が紐解かれる瞬間にあると感じた。なるほど、だから各エピソードの顛末で、犯人側のロジックに引っ張られる。それまでは主人公に感情移入して謎解きをしていたにもかかわらず。その揺らぎがおもしろい。梓崎優は作中に仕掛けたトラップによって、読者の価値観を揺さぶることを目的としたのではないか。「だったら殺すかも」と少しでも思った瞬間、善悪の価値は意味を失う。梓崎優おそるべし。

横里 隆 本誌編集長。超名作バレエ漫画『アラベスク』の完全版I・IIが同時刊行されました。III・IVは5月22日発売。ぜひお買い求めください!

奥行きがあるから再読したくなる

り」を除く4編は、ミステリーというよりも抒情性に優れた紀行文、もしくは訳文の美しい海外文学……といった雰囲気で始まる。風景描写が細やかで、その土地に赴いたような気分にさせてくれるのだ。ミステリーの質としては、受賞作の「砂漠を走る船の道」が抜群だと思う。この舞台ならではトリックもロジックも見事で、ミステリーに対するアプローチの仕方が新鮮だった。文章に酔っていると、一気に謎解きモードが高まっていき、ラストへ。謙虚でクレバーな日本人ジャーナリスト・斉木の魅力もこの物語の大きな引力となっている。スペインでの微笑ましいラブロマンスを描いた「白い巨人」もおもしろかった。人によって評価の分かれる作品だとは思うけど、この短編のどこで楽しむかの違いだろう。本書のエピグラフにはこう引用されている。「だいじなのは、お話の裏にこめられた意味なんだよ、ドローヴ少年。」――確かに何回も読みたくなる。

稲子美砂 「冲方 丁」特集で初めて編集長インタビューを試みました。評判がよければシリーズ化を考えています。ぜひご意見をお聞かせください

今年のナンバーワン傑作ミステリー!!

2008年「砂漠を走る船の道」で「ミステリーズ!新人賞」を受賞したときから単行本の刊行を楽しみにしていた。書店に並んですぐに読破。間違いなく今年のベストワンミステリー作品といえる傑作だった。1作ごとに味わいの違うミステリ作品に仕上がっているにもかかわらず、それらすべてがたくみにつながっている。どの短編も主人公と一緒に異国を旅しているかのようなリアルな感覚で、知らない場所を新鮮な気持ちで読み進めることができるのだが、底流している恐怖が表面化したとき、生理的嫌悪感すら感じるほど、ジャーナリストの主人公にどっぷりと感情移入させられる。描写力、構成力、発想力それらすべてが見事なのだ。ミステリーの技巧を鮮やかな手腕で配置し、ひとつひとつを無駄なく定位置に収拾させる。そして全体を貫く美しさ、上質な佇まい。いやはや、20代の新人とは思えぬその底知れぬ実力に感服です。絶対おススメです!!

岸本亜紀 伊藤三巳華の実話ホラーコミックエッセイ『視えるんです!』、『幽』怪談文学賞大賞受賞作『富士子 島の怪談』谷一生、ともに5月21日発売!!

旅する者は、そこで何を思うか

ミステリーを読むことは、旅に似ている。見知らぬ土地に足を踏み入れ、見知らぬ人が何を考えているのか、探り探りコミュニケーションしていく。その先には、見たこともない何かが待っている。それが恐ろしいものなのか美しいものなのか、最後までわからない――。ジャーナリスト斉木が取材や休暇で訪れた、世界各地での出来事を描く本書。冒頭に置かれた「砂漠を走る船の道」の舞台となる砂漠からして、私にはまったく見知らぬ土地だ。一体ここはどんなところで、どんな暮らしが営まれているのだろう? 旅人の好奇心は、端整な文章によって導かれていく。本書の巧みなところは、「その土地に何があるか」だけでなく、「その土地の人々は何を思って暮らしているか」「その土地を訪れた者は、どんな思いを抱くか、何を考えるか」という心理面を丁寧に織り込んでいる点だろう。そうした心理が鮮やかに裏返されるとき、そこに上質なミステリーが出現する。

関口靖彦 ようやくあたたかくなった週末、散り際の桜を眺めに。風が吹くたび桜吹雪が舞い、それはそれはお酒が進みました。帰り道の記憶なし


異国を旅したくなるミステリー小説

日本人同士でも、ある事柄に対する互いの反応や動機の違いに驚くことだらけだ。そんな経験を繰り返して、私たちは自分と違う考え方をする人に慣れていくし、彼らとのコミュニケーション法を学んでいく。本書がユニークなのは、異郷に暮らす人々と旅人との圧倒的な価値観の違いを“謎”にしたこと。「砂漠を走る船の道」と「叫び」は特に唸らされた。異国情緒あふれる情景描写も美しく、肌の乾きと灼熱の太陽を感じた。人の思惑が事件を生むが、旅人の驚きはミステリーの種になるのだ。

服部美穂 真藤順丈さんの最新作『バイブルDX』好評発売中! 舞台は日本、ロシア、イースター島にイスラエル、こちらも旅したくなる小説です

エキゾチック!

どの話も単に海外を舞台に描いただけではない。砂漠、風車の伝説、教会、密林……その土地ならではの風俗や常識が深く謎や物語に関わることで、濃い霧のように異国情緒が漂い続ける。主人公の斉木は雑誌の取材のため各国を渡り歩くが、私たち日本人にとって海外で異文化に触れることは、密室的な心細い閉塞感がある。それを逆手にとった設定と、ミステリーズ!新人賞受賞作「砂漠を走る船の道」をはじめ、まるで冒険映画を観ているような高揚感を伴って物語の世界に入り込んでしまう。

似田貝大介 便所好きには『厠の怪 便所怪談競作集』、実話好きには『怪談実話コンテスト傑作選 黒四』が発売中です。幽ツイッターもはじめました

最後の話がまたすばらしい

サハラ砂漠を縦断するキャラバンの男たち、聖人に祈りを捧げるロシアの修道女、鬱蒼としたジャングルに潜む部族。日本人ジャーナリストの斉木とともに、これまで足を踏み入れたことのない異国の、光と影、絶望と希望を一気に見せられた気がしました。それぞれの「誇り」をもって命を奪う彼らの言葉に考えさせられ、意表を突いた死の謎解きに高揚し、読み終えた頃には心地よく放心。新人とは思えない作者の筆力に、ただただ圧倒されました。ロマンティックな「白い巨人」もよかった。

重信裕加 最近視力がめっきり下がり、近くの文字が読みにくくなった。ただし老眼とは認めたくないので、当分は花粉症のせいにしようと思う


異国情緒も味わえるミステリー

ロマンティックな旅の絵巻物を見ているようだった。たぶん私にとっては“斉木”が魅力的なのだと思う。暑苦しくなく、しゃしゃり出ず、静かなのに底では熱い何かをもっている。サハラ砂漠、スペイン、ロシア、アマゾン奥地と世界中を駆け回り、あらゆる人々と触れ合う彼の視線は常に冷静だ。彼の旅をもっと見たい、と思わせる力が、そのまま物語の魅力に感じられた。斉木はこれからも世界を旅してくれるのだろうか? せっかく出会えたのだから、もっと活躍を追いかけてみたい。

鎌野静華 壊れたところをテープで止めていたら、周りから見苦しいと苦情が出たので久しぶりに財布を買いました。……壊れてないと使いやすい

それぞれの短編に生きるひとの声

タイトルの意味を、ずっと考えている。「叫び」も「祈り」も収録短編名なのだけど、でも、それ以上に深く沈みこんでくるなにかがある。異国をめぐりその地で織り成される悲劇に遭遇しながら、いつだって斉木は第三者。だからその語りはとても静かで、あやふやささえ覚えてしまう。そのなかでただひとつだけ確かなのは当事者たちの切なる叫びで、それが読後の祈りを呼んでいるのだ。みずからが当事者になったとき、斉木はどんな叫びと祈りを聴いただろう。そんなことをずっと、考えている。

野口桃子 GANTZにハマりすぎて、夜道で巨人が襲ってくるんじゃないかとかカラスを見るたびに逃げそうになるとか、現実との境界があやふやです


足元がぐらぁっとゆらぐ快感

何があたりまえで、何が外れているのか。どこまでが倫理的に許され、どこから人でなしと感じてしまうのか。経験や立脚する文化によって違ってくると頭では解っていても、つい自分の物差しでものごとを捉えてしまう。それは生物が生きるための効率化として当然のことだけど、この短編集はそこを巧みにつく。焦点があった瞬間、足元が大きくゆらぐ快感を味わった。文化の違いだけでなく、読み手の先入観を逆手にとった仕掛けも見事。この種の、小説をよむ醍醐味、ひさびさに感じました。

岩橋真実 第4回『幽』怪談文学賞大賞受賞作の『京都怪談 おじゃみ』が5月21日発売です! おんなの怖さと京都情緒にゾクッとしてください

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