見果てぬ夢とロマンを夢見る怪人・猟奇王の物語

公開日:2013/3/26

大阪ダンジョン

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : ティアオ
ジャンル:コミック 購入元:BookLive!
著者名:川崎ゆきお 価格:623円

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川崎ゆきおは絵が下手だ。

むかし「ヘタうま」というのがあったが、それでいえば「ヘタヘタ」だ。デッサンが狂っている。コマによってはなにが書いてあるのか分からない箇所すらある。

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だがその「ヘタヘタ」には妙に味がある。シガシガしていると懐かしいような滋味のにじみ出てくるボール紙のような味わいだ。ボール紙は、味ばかりでなく、川崎ゆきおの漫画が印刷されるにふさわしい媒体でもある。がさついて、いささか貧乏くさく、厚手の、貸本屋に並んでいるような寄る辺ない紙に印刷してあるとき、彼の漫画は一番生きる気がする。

それは、ノスタルジーといってしまえばわかりやすいかもしれない。それはそうなのだが、しかしわかりやすい分、川崎漫画のもっとも川崎漫画らしいところは抜け落ちてしまう。

『大阪ダンジョン』の主人公は、猟奇王という怪人である。黒いマスクをかけ、大阪の場末の廃ビルに潜んで、ひそかに世紀の大犯罪を画策している。あの、昭和に跳梁した『怪人二十面相』が仕掛けたごとき、謎とロマンにあふれた劇場型事件の再現を畢竟の夢としているのだ。二十面相の必須アイテム、逃走用の気球の用意もおさおさ怠りない。

だが現代はスマホの時代だ。スピードとテクノロジーと経済効率に魅入られた世界では、ロマンや猟奇は消費物件としてしか成立しない。レトロは使い捨ての楽しみとしてなら立場があるけれど、それを「生きる」ことは許されず、テクノロジーの前にはつねに負けざるを得ない。昭和のロマンを歌い上げた映画『ALLWAYS 三丁目の夕日』がガチガチのCGによって構成されていたように。

だから猟奇王はいつも古びた机に突っ伏して、手下の忍者・上忍が運んでくるお茶をすすりつつ、居眠りしながら、自分の出る幕などどこにもないと屈託しているのだ。つまり猟奇王は自分の「負け」をあらかじめ知りつつ、見果てぬ夢を思い描いている、もうなんかだだっ子みたいなやつなのである。

そこが可愛く、実に切ない。

そんなある日、猟奇王はアジトから地下へつながる階段を見つける。その迷宮は、現在を忘れたかった人々が、昭和20年代の暮らしをつづける「桃の里」へ彼を導く。ところが「桃の里」にかまけているうちに、地上では猟奇王の不在をいいことに、「大阪猟奇団」と「東京猟奇団」の活動が活発化し、彼の活躍の場を乗っ取ろうとし始める。

もうひとつ、川崎ゆきおの漫画は、ネーム、つまり人物の台詞がうまい。対話が説明でなくちゃんとダイアローグになっているのである。

もう無茶苦茶に「負けて」やると思いながら仕方なく定期をもって毎日電車に乗っている方に、ぜひ読んでいただきたい1冊である。