2009年03月号 『廃墟建築士』三崎亜記

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/6

廃墟建築士

ハード : 発売元 : 集英社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:三崎亜記 価格:1,365円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『廃墟建築士』

三崎亜記

●あらすじ●

表題作の舞台は、廃墟が都市機能を担う重要なものと認められた社会。“廃墟建築士”の関川は、かつての弟子である鶴崎が、強引な手法で次々と高級廃墟を建て、廃墟建築業界の寵児となる中、地道に廃墟を造りつづけていた。だが、あるとき廃墟建築業界全体を揺るがす問題が発覚し……。ほか、七階の事件・事故発生率が高いことから七階をすべて撤去するという行政に対する“七階護持闘争”を描いた『七階闘争』、小さな町の図書館での、夜、野性にかえって自由に飛び回る本を閲覧者に見せる夜間開館をめぐる図書館側の思惑と、本を“調教”する調教士の思いを描いた『図書館』、人類以前から存在し続けるとも言われる“蔵”を守り続ける“蔵守”と、蔵守を意にも介さず略奪者の到来に備え続ける蔵自身を描いた『蔵守』の、全4作を収録。

みさき・あき●1970年、福岡県生まれ。2004年『となり町戦争』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。日常と非日常、現実と非現実を地続きに描く作風が特徴。ほかに『バスジャック』『鼓笛隊の襲来』など。

廃墟建築士
集英社 1365円
写真=尾田信介
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編集部寸評

人ではないモノたちが語る傑作集

三崎節とでもいうのだろうか。少し不思議な4つの物語はどれもみな、言葉と言葉の隙間から失われゆくものへの悲しみと慈しみと諦めと僅かな希望が感じられ、読みながら心の奥に小さな傷をいくつも付けられた。ほのかに疼く心地いい傷。思えば前作『鼓笛隊の襲来』も傑作であったが、その頃から三崎節とでもいうべき、著者独特の冷静な哀切を文章と物語の底に感じるようになっていた。4つの物語の共通項として興味深いのは “七階”“廃墟”“図書館”“蔵”といった、人ではないモノが思いを放っている点。以前、精神科医の名越康文先生にうかがった話を思い出す。いわく、英語の“ストーリー”は単なる話の展開のことで、日本語の“物語”は読んで字のごとくモノが語ることであると。なるほど三崎節の“物語”の到達点が本書なのだ。

横里 隆 本誌編集長。先日、バレエ発表会で「ボレロ」もどきを踊りました。「ボロボロボレロ」でしたが完全燃焼!

三崎亜記の愛情がつまった一冊

所収の4編は、どれも三崎さんの建物に対する並々ならぬ愛情が垣間見えておもしろい。彼の小説は虚構とリアルのバランスが絶妙で、不可思議な設定も違和感なく読ませてしまうところが強みだと思う。登場人物たちも親しみやすい。作品としては、表題作『廃墟建築士』が傑作だと思うけれど、個人的には『図書館』がいちばん好き。ご自身もかつて図書館にお勤めだったことがあるというから、その肌身で知った独特な雰囲気が「野生化して飛び回る」という発想に結びついたのだろう。確かに本は「猛獣」かもしれない。三崎作品に女性主人公は多いが、なかでも本作の日野原さんは好感がもてる。仕事に対する自信と本への愛情と敬意、彼女が本と対話するシーンはとても幻想的で美しい。終わったという社長との関係も気になるところだ。

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三崎作品にはご用心!

収録作4作、いずれも風変わりなルールの建築物の話だ。ビルの七階だけが物理的になくなるとか、廃墟を作ることを国が認めているとか、本が空を飛ぶとか、命を賭けても蔵を守る仕事とか。毎度のごとく奇想で普通ではありえない設定だけど、読めば自然と世界の住人になれるところが三崎作品の魅力のひとつだろう。けれど、要注意だ。奇想な設定だからと余裕で世界を眺めていたのに、いつからかそら恐ろしい声が聞こえてくるから。たとえば「あなたは何でも簡単に買って、簡単に捨ててませんか?それは物に対するある種の『暴力性』だと考えたことはありませんか?」といったように。私が見ていた風変わりな世界は白昼夢だったと、静かに本当の世界が姿を現すのだ。この作者の紡ぐ作品は単純に楽しんでばかりはいられないのだ。

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「当たり前」の狭間には

三崎さんの作品は、「当たり前」への挑戦だと思う。数字は6、7、8と並ぶのが当たり前。でもなんでその順番なのかわれわれは知らないし、そこに本当に“並んで”いるのは何なのか、まったくわかっていない。本書収録の『七階闘争』の語り手も、われわれと同じく「当たり前」のなかで暮らしていた。しかし七階を排除する者、七階を守ろうとする者に出会って初めて、七階の意味を考える。すべての建物から七階が消し去られる、という設定は実に突飛だが、物語はそこから奇想天外に飛んでいくのではなく、あくまで静かに現実の「当たり前」を揺さぶる。そして「当たり前」の狭間で、なくなっていくもの、忘れられてしまったものにこそ焦点が当てられて、われわれの現実が無数の廃墟の上に立脚していることを思い出させてくれる。

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観察することから、世界は変わる

廃墟をわざわざ建築すること。七階の存亡をめぐって戦うこと。何が入ってるかわからない蔵を守りつづけること。書き出すと滑稽に思えるが、本書の中ではいずれもとても美しい。人間のあらゆる行為がもつ滑稽さと美しさを、非難も賞賛もなく、丁寧に観察し正確に描いてる。目に見えないところまで。世界でいちばん頭のいい人が就くべき職業、世界を変えられる仕事は、建築家だと思ってたけど、やっぱり小説かもしれない。

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不可思議で示唆に富んだ短編集

サグラダ・ファミリア教会は、私が生まれる前から造り続けられており、私が生きている間に完成しないと知ったとき、一生かけても終わらない仕事に従事する大変さを思う一方で、羨ましいと感じた。この憧憬をうまく人に伝えられずにいたのだが『廃墟建築士』を読んで、胸に落ちた気がした。昔は常に理由を求め、納得しないと動けなかった。でも『蔵守』のように、ただ守り、受け継ぐ行為が尊いのだ、と最近少し思う。

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不条理に忍ぶ、確固たる理

三崎氏が描く奇想天外な設定には毎回驚かされる。本書でも、地面につま先だけがついているような、浮遊感ただよう作品世界を体験できる。はじめは、そんな設定の奇抜さに惹かれて世界に入り込んでみた。すると、現実とはかけ離れた不条理な世界が、まるで真実を写しだす魔法の鏡さながら、現実の世界を色濃く描きあげていることに気がついた。社会の中で培い身に纏ってきた価値観を、唐突にひき剥がされる思いがした。

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ありえない話だけど

建築物をめぐる4編の不思議な話。現実にはありえないこれらの奇妙な世界には、それぞれの “物”に対する意識が根づき、作品全体から、その存在意味を問いかけられたような気がした。「七階闘争」で、最後まで七階を守ろうとする彼女の気持ちが少し理解できそうな気がしたのは、子供の頃によく遊んだ近所の団地の壁の、ひんやりとした手触りをふいに思い出したからだろうか。またもや三崎作品にはまってしまった。

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彼女は壁をどう乗り越えるのか

『図書館』の主人公・日野原さんが好きだ。仕事に対してまっすぐで、頑張っているのが伝わってくるから。本書に収められた作品に共通して感じられる設定の楽しさとは別の軸で、日野原さんの成長は描かれている。仕事を通じて自分の能力・気持ちと向き合う姿は、真摯で応援したくなってしまうのだ。彼女の登場作品は別の単行本にも収録されているが、丸ごと一冊、日野原さん本が読んでみたい。

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心の隙間にすべりこむ小説

存在することの意味、を考える。たとえば「七階」とか「蔵」とか、いつのまにか在るすべてのものの、意味。本当は何もないんだと思う。あるのは自分が信じたいことだけで、だからきっと世界はいつも揺らぎ、いろんなことを見失う。自分たちはからっぽだけど、まわりに意味を見つけることで、なんとかもっている。三崎さんの紡ぐお話は、そんな空虚さをいつもそっとつついてくる。それが心地よかったりするから、不思議だ。

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廃墟建築士の境地に憧れた

広大な田園風景の中に聳え立つ連鎖廃墟を空想した。その威容は、人の及ぶべくもない無限の時の流れをまとい、人を圧倒するのだろう。現実の廃墟を前にしたときも、流れ去った時や人の矮小さを実感するが、この世界では廃墟を始めから廃墟として造るのだという。朽ちさせるために創造し、ひたすらに待つ。そして“廃墟建築士”はそれを人生とする。なんと尊厳あふれる境地だろうか! その生き様に心の底からしびれた。

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追いつけぬものを、心に置いて

この短編で描かれるのは皆、「追いつけぬもの」を抱くようになった人だと思う。「憧れ」という言葉ではすこしずれるけれど、届かない、達成しきることのない、そんな物事や人への思いが心の中に住みついてしまった人たち。『七階闘争』の「決して追いつけぬ後ろ姿」や、「廃墟」、「図書館」「社長」、「蔵」または「守るということ」。根本を同じとするものを、誰しもきっと持っている。だから三崎作品は心に響くのだと感じた。

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