蛇が母になって部屋にやってくる、不穏な気配に満ちた謎物語

小説・エッセイ

2011/9/19

蛇を踏む

ハード : PC/iPhone/iPad/WindowsPhone/Android 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:eBookJapan
著者名:川上弘美 価格:368円

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「蛇を踏む」は、たいそう面白い小説なのである。ただし、「笑っていいとも」かなんか見ながら「明星一平ちゃん」をすすったそのまんまの気分でダラダラ読み始めたりすると、なにがなんだかさっぱり分っからねえ事態に陥るので要注意ではあるのだ。

なにを準備すればいいかというと、日常的な言葉の論理というかね、たとえば大人は子供より年取ってるとか、海は魚より大きいとか、石とか砂利は食べられないとか、そういうふつうに暮らすときに必要な知恵、常識、正しい生理感覚、これまず全部捨てましょ。全部捨てて、世の中を学習していなかった子供のころ身につけていた印のついてない妄想、原始的な皮膚感覚、これをむきだしにしてページを開かねばならぬわけ。そうするとあら不思議、ものごっつい世界がそこには展開するのであった。

お話は「私」がうっかり蛇を踏んじゃうところからはじまる。なにやらとめどなく柔らかかったその蛇は、人の姿に化けて歩いていってしまう。バイト先の珠数屋から部屋に戻ると、その蛇が50がらみの女性になって食事を作り、あなたのお母さんですよなどといいながら「私」を待っている。蛇の世界へおいでよ、暖かいよなどと誘いもする。一方バイト先のご夫婦宅にも別の蛇が現れていて、少しずつ二人を人の世界からたぐり寄せているようだ。「私」は不気味なものには従ってもいいような気がして、ぬらりと抱きしめられればそれも気持ちよく、あまりの誘惑の強さに、今にも蛇になってしまいそうなのをなんとかこらえている。
といったような話。

ストーリー的には、だから頭で考えたらなんだかやっぱり分からない。いや、僕個人はある解釈をひととおり持ってはいるのだが、それは読んだ人が自分の着地点へ降りなければ意味がないのでちょっと内緒。

それよりも、この物語の要点は、なんかこうヌルヌル、ズルズルという点にある。踏んだ蛇がたまらなく柔らかくて足がめり込んでいきそうだったというのにはじまって、いろいろなものの表面がジュルジュルにとろけたようになって「私」に迫ってくる。迫って「私」と一体化しようとする。「私」と「あなた」の間に壁みたいなものがあってはっきり分かれていて、ある意味では絶対わかり合えないその距離を計算しておつきあいするのと、「あなた」も「私」もそれからこの「世界」全部もズルズルにとろけ合って「私」なんてめんどくさいもの消滅した悦楽の世に生きるのと、そういうことの闘いがいってみればこの小説の中では起きているっちゅうふうに考えてもいいのではないか。

蛇の不気味な感触は最初のページから横溢している

バイト先ばかりでなく、数珠を卸にいったお寺でも蛇の話が出て、全編蛇まみれの印象だ。コワイ (C)川上弘美/文藝春秋