2009年01月号 『トンコ』 雀野日名子

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/6

トンコ (角川ホラー文庫)

ハード : 発売元 : 角川グループパブリッシング
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:雀野日名子 価格:540円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『トンコ』

雀野 日名子

●あらすじ●

養豚場から豚を運ぶトラックが事故を起こし、一頭の豚が消えた。その豚・トンコは、きょうだいたちの匂いや声を追い、未知の世界に迷い込む。人の食料として生まれ育ち、ジャーキーや生姜焼き弁当にきょうだいの匂いを嗅ぎ取るトンコは、何も知らぬままきょうだいたちを求めてさまよう。(「トンコ」) 温かい家庭を切望するあっちゃんは“ぞんび”のみが住むくちなし台に憧れ、“ぞんび”になりたいと思うようになり……。(「ぞんび団地」) 仲のよかった兄・良樹を残し、絢子は突然自殺してしまう。妹の死に思い悩む兄と、死してなお思考を続ける妹の物語。(「黙契」) 『幽』怪談文学賞と日本ホラー小説大賞を受賞した期待の新鋭の、ホラ大短編賞受賞作を含む全3作を収録。

すずめの・ひなこ●福井県生まれ。大阪外国語大学卒業。2007年、『あちん』で第2回『幽』怪談文学賞短編部門大賞を受賞し、08年、同作でデビュー。本作は同年の第15回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作。

トンコ
角川ホラー文庫 540 円
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

救いはないが救われる美しい寓話

屠るためだけにトンコたちに生を与え、瞬く間にそれを奪う。人が創り出した勝手なシステム。なのに咎められることはない。そう世界は狂っている。神などいない。しかし、それでも、トンコが体験した嵐の夜の水浴びは心地よいものであっただろうし、逃亡の果てに辿り着いた海原のきらめきは美しいものであったに違いない。世界の本質は狂っていて、それでいて美しい。トンコはそれを受け入れる。何も言わず、何も知らず、誰も謀らず、誰の不幸も祈らず、ただひたすらに。だからトンコは祝福されたのだ。いないはずの誰かによって。名もなき一匹の豚が逃げる、それだけの話なのに宮沢賢治の寓話にも似て胸が締めつけられる思いがするのは、トンコを追う眼差しに神の存在を感じるからだろうか。いっそポニョよりトンコ! と言いたい。

横里 隆 本誌編集長。一青窈さんの対談集『ふむふむのヒトトキ』が本になりました。装丁も内容もとっておきです!

「食べる存在」を愛しく思う切なさ

映画『ブタがいた教室』の原作『豚のPちゃんと32人の小学生』という本を読んだばかり。かたやノンフィクション、かたや小説で描き方もまったく異なるが、「食べられる存在として生まれた豚」を扱っているということで共通しており、Pちゃんとトンコがダブった。リンゴをもらうとぐるりとまわる芸をするトンコ、兄弟たちといっしょに笑いながらゆるゆると泳ぐトンコ、兄弟たちの匂いを追いかけて彼らを恋しがるトンコ……。そんなトンコをどんなに愛しいと思っても、食用豚である彼女は私たちにとって食べる存在であることに変わりない。そんな命をもらって自分たちは生きているのだ。芸をするトンコを前に「おまえは、そういうことをするために生まれたんじゃないんだ」とつぶやく養豚場の場長の言葉が沁みる一編である。

稲子美砂 『K-20』を観て、乱歩の『少年探偵団』を読み返して……『怪人二十面相』づくしの11月でした

トンコが愛おしくてたまらない

著者は実話をもとにした『あちん』で第2回幽怪談文学賞短編部門の大賞を受賞。そして本作、と短編の文学賞を立て続けに受賞した注目の新人だ。情景がリアルに臭いを伴って立ち現れるのは、雀野さんの作品の魅力のひとつなのだが、「トンコ」はさらに臭う。「豚たちが小屋で暴れる」「糞を漏らす」「得意げに、高らかに屁を放つ」。……悪臭、臭いまくりだというのに、主人公が豚だというのに、嫌じゃない感じ、物悲しい気持ちになってくる。トラックから逃げ出したトンコは、自由になって喜んだりしない。必死で兄弟たちを探すだけ。読み進めていくうちに、理由や理屈はどうでもよくなり、その必死な健気な気持ちが伝染し、臭いを一緒になって探してしまう。もはや糞尿の臭いですら愛おしくなってくるのだ。

岸本亜紀 『幽』10号は12月15日発売。有栖川有栖さん『赤い月、廃駅の上で』、立原透耶さんの新刊も準備中

マイナスの救い、薄暗い安堵

食べられる豚、DV家庭の少女、首を吊った妹。3編の主人公を取り巻く状況は、きっぱりと絶望的だ。逃げ出す脚力も、前を向く気力も、たたかう腕力も、彼女たちは持ち合わせていない。そしてもちろん、救いの神がとつぜん微笑みかけるような奇跡も起きない。だが不思議なことに、本書の読後感は絶望的ではないのだ。もう助からない2人と1匹は、助からないのに安らぎを見出す。絶望的な状況下で、でも私にはこの人がいる、と一瞬でも思うことさえできれば。そのことは、やはり自分の状況を劇的に改善することなどかなわぬ私たち読者に、薄暗い光明を与えてくれる。無理に前を向かなくていい、後ろを向いて、しずかに目をとじればいい。その直後に背後から押しつぶされるとしても、まぶたの裏にはあたたかな夢が見えるはずだ。

関口靖彦 『トンコ』の雀野さんの怪談小説『あちん』も必読。こちらも読後感は不思議にあたたかいのです

言葉をもつ前の、ずっと前の記憶

ひとりぼっちで、きょうだいたちの思い出と匂いを支えに、荒野をさまようトンコ。あの荒野にわたしもいたことがある、すごく小さいころ。ジャーキーの袋を海でなくしてしまったときは淋しくなったし、養豚場のえらい人に頭をなでられたときはわたしもすごくうれしかった。その瞬間、その意味とかは考えない。この先どうなるかとか、何のために生まれてきたかとかトンコ同様、わたしも知らなかったから。今も、か。

飯田久美子 連載でおなじみ多部未華子ちゃん初の本を制作中です。発売は来年1月23日。お楽しみに!

トンコが可愛くなるほど怖くなる

兄弟たちの匂いのする『ペットおやつ』の袋を、落としては追いかける食用豚のトンコの姿は、なんともかわいらしく滑稽で、哀れだ。おそらく兄弟たちは、人間や、人間が飼う犬や猫などのペットのための餌になった。それはトンコ自身の辿る道でもある。しかしトンコは、一途に兄弟を求め続け、ご褒美の林檎をもらうために無邪気にぐるりと回ってみせる。私はそんなトンコを愛しく思いながらも、今日も豚肉を食すのだ。

服部美穂 ゆみぞうさんのDS体験マンガが12月12日よりWEBダ・ヴィンチで特別掲載。1月から新連載もスタート!

静謐な文章に潜む圧倒的な力

野生の豚なんて殆どいない。豚は食べられるために存在している動物だ。そんな豚が主人公。しかも豚の視点で描かれる遁走劇だなんて、豚愛好家にはそれだけでたまらない。人間によって大切に飼育されきたトンコたちには、小さな養豚場が世界の全てだ。ただ生きて、屠られてゆく。トンコたちの末路を哀れに思うほど傲慢ではないつもりだったが、愛らしいトンコを見守るうちに想いが逡巡し、やがて切なさが溢れてきた。

似田貝大介 『幽』10号で、雀野さんを含む『幽』怪談文学賞受賞者の書き下ろし短編を掲載。詳しくは221Pを!

あまりにも切なすぎて

「トンコ」「あっちゃん」「絢子」を取り囲む人間たちの愚かさと、運命に逆らえず、それでも愛情を求めてやまない主人公たちの悲しみが、ずしんと胸を打つ。食用肉として生まれてきた「トンコ」の幼いながらも兄弟を想う優しさに対し、言葉を武器に罵りあう人間たちの惨めさが、あまりにも滑稽すぎて泣けてきた。養豚場長の「おまえは、そういうことをするために生まれたんじゃないんだ」のひと言が、後に残る。

重信裕加 たむらぱん新連載スタート!! BOY特集もご覧ください。内藤みか氏『あなたを、ほんとに、好きだった。』も発売中


豚でも人でも怖いものは怖い!

私は普段、ホラー小説を読みません。理由は単純明快、怖いから。なので本書も恐る恐る読み始め、怖さが限界になると少し休んでまた読んで、と通常の何倍もの時間をかけて……堪能してしまいました(怖いのに)。とにかく細かい描写がなまなましい。ホラー好きにはたまらないと思います。ただ、掲載3作とも怖いだけじゃない“何か”が描かれています。ホラー小説の読後にはめずらしく、少しだけホッとしたので。

鎌野静華 今年の秋は柿にはまりました。毎日食べています。柿を食べることでストレス発散、ある意味依存してますね

ホラーは苦手だったけど

いるはずのないきょうだいたちを求めてさまようトンコ、幸福な家庭を夢見てゾンビになることを願うあっちゃん、自分の居場所を見つけられず兄にすがることもできなかった絢子。3編の主人公は誰もが、置きどころのない愛情をさまよわせ、行き違い、哀しい結果を導いている。恐怖や戦慄はなかったけれど、物語の中に少しずつ見えるねじれにたまにぞくっとした。ホラー、というものへの考え方を変えてくれる1冊でした。

野口桃子 清里高原の『西の魔女が死んだ』ロケセットを訪れ、紅葉の絶景の中、梨木さんインタビューを読み直した。至福

ユーモラスさと悲哀は裏表

トンコは、自らの運命を知らない。食肉用家畜として生まれ、そのためだけに育てられてきたトンコは、何も知らずに肉加工品にきょうだいの匂いを嗅ぎ取ってしまう。トンコ自身の頭にあるのはきょうだいたちとの楽しい思い出だけで、先に運ばれていったきょうだいたちの運命など想像すらしない。しかし、登場人物や読者は、それを知っている。養豚場長の最後の言葉は、どこまでも悲痛な響きを持って僕たちを貫く。

中村優紀 祖父が養豚をしていました。未だにあの生き物と豚肉が結び付きません。食肉加工場をいつか見なければ

ほかの「トンコ」たちを思う

場長の孫たちが呼んだ「トンコ」は個体を指すものじゃない。でもこのトンコを見つめると、こんなに温かく哀しい物語があった。きっとそれはほかの「トンコ」でも有り得ることで、我々ヒトも、他者から見ると大抵関係性の中の「○○の人」くらいで(自分では唯一だと思ってても)、でもそれは当たり前で、大抵見つめられることなんてなくて、でも個々を見つめると物語があるかもしれないのだ、というようなことを思った。

岩橋真実 BOOK OF THE YEAR発表。惜しくもランク外でも素敵な本は沢山あるはず。ぜひ貴方のオススメ、教えてください

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