2008年03月号 『僕とポーク』ほしよりこ

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/11

僕とポーク

ハード : 発売元 : マガジンハウス
ジャンル:コミック 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:ほしよりこ 価格:1,028円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2008年2月6日

『僕とポーク』
ほしよりこ
マガジンハウス 1000円

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「ねえーネット買ってよ」4歳のたろちゃんは、ある理由からネットが欲しくてたまらない。「ネットって何だ」といっていたお父さんお母さんも、周りの人の話をきくうち気になり始め……。(「たろちゃん」)
「僕は僕が食べきれなかった分で豚を育ててそれを世界の恵まれない子供たちに食べてもらいたいと思った」。年月が過ぎ、テニス風サークルでブラブラするようになっても、僕は毎日残り飯を持ってブーちゃんのところに通った……。(「僕とポーク」)
ほか、文壇バーで自称作家たちがクダをまく「文豪の苦悩」と超短編「鳥」を収録。著者独特の鉛筆線画と手書き文字で綴られる、シニカルでシュールな味わいの中短編集。

撮影/川口宗道
撮影協力/(有)厚木市養豚センター
 
 

  

ほし・よりこ●1974年生まれ。関西在住。ネット上で2003年より1日1コマずつ連載された、猫の家政婦が活躍するマンガ「きょうの猫村さん」が人気を博す(現在は、マガジンハウス運営のサイト「猫村.jp」にて連載)。著書に、『きょうの猫村さん』(1)(2)。


横里 隆
(本誌編集長。『よつばと!』も傑作です。2月12日24:00〜NHK-BS2 で放送される「マンガノゲンバ」でもコメントしているので特集と合わせてご覧くださーい)

猫もいいけど豚もいい
何だかすごいぞほしよりこ!

その絵はまるで美しい文章のよう。単純なのに豊潤で、ゆるゆるのすき間には切なくも愛しい人間の性(さが)が描きこまれている。優れた小説家の書いた文章同様、誰にでも描けそうで実は誰にも描けない線なのだ。本書の発売直後、ある尊敬する編集者から「高野文子の漫画のような衝撃」と激しく薦められた。マジですかと思ったが、果たしてその通りで、向田邦子と久世光彦が生きていたらこんな作品が生み出されたかもというくらいすごかった。収録された3編はどれも魅力的だが、特に「たろちゃん」がいい。「ネット買ってよ……」というたろちゃんに対して、「ん、何だネットって」と答える父親。インターネットを買うという表現の違和感と、それを知らない父親の時代錯誤感、このズラし方がうまい。そして「必要ない」と一刀両断にされたたろちゃんの表情が本当にうまい。父親の「時代なんか追いかけても追いこせねーし、取り残してくれっつっても勝手に乗っけられて流されちまうもんだから、そういう風に気にするのよくねえよな」という、思いがけず鋭い台詞もぐっとくる。確かに、高野文子の「美しき町」に引けを取らない傑作漫画だ。




岸本亜紀
(2月担当の書籍はなんと4冊!『うちのごきげん本』ばばかよ、文庫版『こんな生活』『くいしんぼマニュアル』大田垣晴子、『深泥丘(みどろがおか)奇談』綾辻行人です)

笑いがじんわりきいてきます
人間観察の細やかさ、すばらしいです

「たろちゃん」は夫婦や親子の会話の妙な間と温かみがあり、昭和な匂いがするものの核家族という現代風な設定、といったなんともアンバランスだが、じわじわ温かいものがきいてくる味わいのある作品だ。「たろちゃん」って実は……!という叙述トリックさながらのオチもあり、油断ならない側面もある。作品全体に嫌味や自意識がまったく感じられず、登場人物の全員にエールを送りたくなるような愛らしさがある。彼氏と別れてケータイを交差点に埋めるユカちゃんや、そのユカちゃんに友情を教わるお兄ちゃん、ネットに詳しいアサヒ電気など、どの人も素朴でキュートだ。表題作の「僕とポーク」は、途中に入っている筆描きの「豚沌病死」と書かれた旗を持つヤンキー君たちの絵がとてもうまくてびっくりした。「文豪の苦悩」は風刺漫画風で笑えるし、「鳥」は作品というか、絵というか……。こんな風に細やかに人間観察をしながら、短い文章やヒトコマの絵で、笑いありの人情&滑稽話にしあげられる作者の力量たるやすばらしい。おーなり由子さんや高野文子さん好きにはたまらない、はず!


関口靖彦
(本誌に連載された河井克夫さんのマンガ『猫と負け犬』が単行本に!2月29日発売予定です)

最低限にまで絞り込まれた
美しい描線に目を奪われる

『きょうの猫村さん』が出たとき、「ヘタウマな絵がかわいい」みたいな感想を見かけた。でも、ほしさんの絵は、ヘタウマではない。ただただ「うまい絵」だ。描線はほんとうにシンプルで、最低限の数の線しか引かれていない。たった一本の線も失敗できない、真剣勝負なのだ。そしてほしさんは、その勝負に勝つ。わずかな背中の曲げ具合、すこしだけ肉のついたおなか、子どものおでこの曲線。とらえづらい微妙な線を、「この一本しかない」と思わせる的確さで掴んでしまうのだ。しかも本書では、その絵のうまさが前作以上に発揮されている。『きょうの猫村さん』では、どうしても猫村さんに目が行ってしまったが、本書収録作には普通の見た目をした人々しか出てこない。だからこそひとりひとりの平凡な顔に、表情に、仕草に、じっくりと見入ることができるのだ。


飯田久美子
(「福田パン」など、岩手を舞台にした木村紅美さんの連作短編集『イギリス海岸 イーハトーヴ短篇集』が発売中です。よろしくお願いします!)

大事なものが
大事になる瞬間

大人になってよかったと思うことは、ほしいものが自分の努力しだいである程度手に入れられることだ。もちろんうまくいかないと思うこともたくさんあるけれど、でも半々か、体感幸福度ではそのちょっと上くらいの確率で手に入っている感じがする。と言えるのは、たぶんいま比較的機嫌がいいのかもしれない。たろちゃんはネットは買ってもらえなかったけどお兄ちゃんとお友だちになれたし、イサオ君は恵まれない子どもに豚を送ることはできなかったけどブーちゃんと同じ時間を過ごすことができた。本当にほしいものを見極めることができたたろちゃんはもちろんだけど、最初の目的は叶わなかったイサオ君も、同じように体感幸福度の高そうな2人を見ていると、目的と過程の大事さは変わらないのだと思う。目的は忘れないけど、過程も愛せること。このバランスだなと思ったけど、このバランスが難しい。うらやましいのはたろちゃんだけど、このバランスが揺れるイサオ君に親しみを感じます。


服部美穂
(今月の第1特集は『よつばと!』。あずまきよひこさんのスペシャルロングインタビューは必見です! ! )

ピッグじゃなくてポークな
ところにもしてやられます

ほしよりこは“大衆”を表現するのが本当に巧いと思う。例えば表題作「僕とポーク」の中で、主人公のイサオが入る、テニスをしないのにテニスっぽい格好をするだけの「テニス風サークル」のあの感じ。それに、「たろちゃん」で人々がインターネットやケータイの何が便利で必要なのか、実態を掴みきれていないままに踊らされているあの様子。思わずくすっと笑ってしまうのだが、そんな私たちを見て、きっと、ほしよりこはにやりと笑っているに違いない。だって私たちは、自分のことを見て笑っているのだから。それでも私は、何度でもほしよりこにしてやられてしまう。ほしよりこが描く世界には、人間の滑稽さだけでなく、市井に暮らす普通の人々のあたたかさが描かれている。そして、そんな無数の愛情に包まれながら、私も大人になったんだ、と思い返してしまうのだ。


似田貝大介
(第2特集「『しゃばけ』でござる!」では、伝説のユニット「妖怪馬鹿」の鼎談が読めます! 安曇潤平『山の霊異記 赤いヤッケの男』も刊行)

ゆるい絵だけど細かい描写
嬉しい仕掛けににんまり

ブタが好きだ。柔らかそうなピンク色の体は、意外な硬さだったりして、その硬さの塩梅が良く、いつまでも触っていたい気持ちになる。動物ふれあいコーナーで、つい齧りついてしまったこともある。ブタはさておき、著者の描く作品は、みんなの理想の世界だと思う。あくまでも理想は現実に存在しない。だから理想の世界は“ベタ”に見えるのだろう。ベタな世界は、私たちが、うっすら、ぼんやりとわかっていた……ような気がすることを、明確な形で提示する。ネットがあれば便利だし、残飯で世界が変えられる……という気がすることを赤裸々に代弁してくれるころで、当然なことだと、考えすらしなかったことに、いまさらハッとさせられる。また、たろちゃんのお父さんが履く足袋ソックスといい、切れ味鋭い“ベタな仕掛け”が満載で心地がいい。

イラスト/古屋あきさ

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