「私はお母さんのこと 好きなんだろうか 嫌いなんだろうか?」

2013/4/3

母がしんどい

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 新人物往来社
ジャンル:コミック 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:田房永子 価格:800円

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最近、保育所が足りない! というニュースが話題になった。こういう話題が出てくるといつも湧いてくるのが、「じゃあ共働きをやめればいい」「専業主婦になればいい」という意見だ。その理由としては、「赤ちゃんには絶対に母親が必要」とか、「子どもは3歳くらいまではお母さんが育てるもの」などなど、あたかも愛に溢れた正論のような理由が挙げられることが多い。母子の愛は、とかく美化され、絶対視されがちな傾向にある。

思想家の鶴見俊輔さんの著書のなかで、「母親というのは、子どもにとって内心の先住民族であり、抑圧者」(鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの』)であると語られている部分がある。

主人公の作者・永子のお母さんは、永子にとっては、まさに「抑圧者」そのものだ。お母さんは「KY」で「好きなったら一直線」な人であり、物語の最後で永子ちゃんが気づくように、お母さん自身の味方をする人がいなかった人だ。だからこそ、ひとり娘である永子からの認証を求め、永子が独り立ちすることも素直に応援できず、いつまでも自分の思い描く母娘の関係の中でのみ永子を愛し、保護し、母親としての自分を認めさせようとする。

主人公である永子は、いつも自分自身に問いかけている。「私は、お母さんのこと、好きなんだろうか、嫌いなんだろうか?」でもそれは、最後まで答えの出せない問いであり、お母さんという存在の影は、永子の人生につきまとい続ける。永子にとって初めて好きになった人、タロウくんまで、お母さんそっくりのひと。あれほどいやだと思っていた環境から抜け出したのに、気がつけばお母さんと同じようなことを言う人と付き合っている…それに気付いたときの、あの絶望と言ったら! そして、永子自身が母親になろうとするときも、「お母さんみたいな親に、絶対なりたくない!!」ともだえ苦しむ。やっぱりお母さんの呪縛がとけない。

世の中には親子の美談があまりに溢れているが、母からの愛は絶対的な真理や正義なわけじゃない。それはもしかしたら確かに愛には違いないのかも知れないけれど、その愛は時に家族や子どもを抑圧したり、苦しめたりして、愛とは伝わらないこともある。母子の関係にたったひとつの絶対的真理の関係性なんてないのだ。

それでも、この本を読んでいると、親子だから絶対仲良しなんてこともないし、しんどいときには距離を置いたっていいんだ、ということを子ども自身が理解して認めるのは、実はとっても大変な作業なのだ、ということをひしひしと感じた。「お母さんが嫌い」とただ言い切れないからこそ、しんどいし、つらい。

主人公であり、筆者である永子が最後に言っていることばは、「自分の味方でいよう」。その言葉を、母と子の関係に悩んでいる人、みんなに捧げたい。


お弁当にまつわるお母さんとの思い出は、みなさんもあるのでは? 決して「いつもありがとう!」みたいな美談だけではないはず

お母さんだけじゃなくて、お父さんの「呪い」まで…

「愛しているから叱るのよ」とか「あなたのためを思って言っているのよ」なんて、どこかで聞いた覚えのあるセリフ

最後に永子が見つけた「コレ」の存在。その正体がなんなのかは、ぜひ本書で確かめてほしい