転落人生に戦慄する主婦のリアリティが絶妙な「女の寓話」

小説・エッセイ

公開日:2013/4/6

下流の宴

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:林真理子 価格:812円

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以前、NHKでドラマをやっていて気になっていたのだが、結局、小説もドラマも見逃していた本作。文庫化を機に小説にトライしてのひとことは「いやーお見事!」だった。いつもながら著者の時代を切り取るセンスとリアリティは流石で、これぞ流行作家という安定の王道感。シニカルな中にどこかユーモアある描写でぐいぐい読ませる。

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さて、タイトルに「下流」とあるが、本作のテーマはズバリ「格差社会」。出自や学歴、夫の勤務先で「上流の下」または「中流の上」と自己を位置づけていた主婦・由美子が、優秀だったはずの息子・翔が高校中退したことから徐々に「下流」(と彼女が定義した世界)に転落していく現実に戦慄する姿を描いた物語だ。「まだ望みはある!」と大検へのトライをいくらすすめても、まったく興味を示さない翔。おまけに、とうとう家出して沖縄の離島出身の珠緒と同棲をはじめ、あげく結婚すると言い出す始末。一時の気の迷いと固く信じる由美子は必死に説得をこころみるが…。

ちなみに、珠緒は高卒のアルバイターであり、由美子にとっては「下流に組み込まれる恐怖」そのものを具現化した存在だが、あまりに侮蔑的な由美子の態度にブチ切れて、翔との結婚を許してもらうために「医学部に入る」とタンカを切る。その後の猪突猛進ぶりが痛快に話を盛り上げるのだが、理由は稚拙でも目標にむかってたくましく進む姿は、結局、人生において大事なこととは何なのかをこれでもかと見せつける勢いだ。

つまるところ、「上流」「中流」「下流」という位置づけは、社会の中でポジショニングすることで自分のか細いアイデンティティを保持するためのクモの糸みたいなもので、ある時は自信になり、ある時は言い訳になり…そうした意識をどうしようもなく持ってしまう人もいれば、一方でそうした意識からまったく治外法権な人もいる。由美子や翔の属する福原家と、珠緒の属する宮城家に交互にスポットをあてる物語世界は、そうした両極端の価値観や生き方を鮮やかなコントラストで描き出し、どちらの側にいるのかで見える景色がずいぶん違うことも認識させてくれる。

しかし、林真理子という作家は、本当に「ああ、こういう人いる」という女性を描かせたら最強だ。いわゆる「ステレロタイプ」というものなのだろうが、客観的に女特有のイヤ~な面を描く観察眼はちょっといじわるでするどくて、コワいくらい抜群w。ある意味、女の生き方寓話的であり、なんともいえない後味の結末に、この物語を女たちはどう感じるのだろうと、かなり気になった。


目次 福原家と宮城家の物語が交互に語られる

本文より