2007年11月号 『治療島』 セバスチャン・フィツェック

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/13

治療島

ハード : 発売元 : 柏書房
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:セバスチャン・フィツェック 価格:1,575円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2007年10月6日

『治療島』

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セバスチャン・フィツェック/著
赤根洋子/訳
柏書房 1575円

 著名な精神科医・ヴィクトルの一人娘・ヨゼフィーネが消えた。死に物狂いで捜索するが行方は知れない。そして数年後の現在、ヴィクトルは病院のベッドにいた。妻すら面会に来ない日々。しかし、「あんなことがあったからには、それも仕方がない」。ヴィクトルはロート博士の求めに応じ、全てを語るため、“島”の話を始める。
 悲劇から4年後、“島”にいた彼を、謎の女性・アンナが訪ねてくる。自らを統合失調症と言い、治療を求めて妄想を語り始める彼女。それは、娘によく似た少女が親の前から姿を隠す物語だった。話を聞くうちに、ヴィクトルは精神的に追い詰められ、そしていよいよ真実を知る……。

 スピード感あふれる、ネオ・サイコスリラー。

『治療島』セバスチャン・フィツェック/著

撮影/冨永智子
 
 

  

セバスチャン・フィツェック(Sebastian Fitzek)●1971年、ベルリン生まれ。放送作
家として活躍する。本書が単行本小説デビュー作で、ドイツにての映画化も決定して
いる。2作目は『Amokspiel−Psychothriller』(原題)。好きなことは「嘘をつくこと」

横里 隆
横里 隆
(本誌編集長。10月23日、山岸凉子さんのバレエコミックス、『ヴィリ』が発売されます。ぜひお近くの書店にてお買い求めください!)

この息苦しさ、この不安感が、
上質なエンターテインメントに

僕は誰の夢なのか?と、思いを馳せることがある。荘子の「胡蝶の夢」のように。それは、現実と虚構の位相がクルリと翻るような心地いい眩暈(めまい)をもたらしてくれる。対してこの物語は、現実と妄想の境界がゆらぐという点では共通しているものの、読む者に圧倒的な息苦しさをもたらす。その島で治療しているのは誰で、治療されているのは誰なのか? あらゆるものの輪郭が不明瞭となり、確かだと思い込んでいたものが次から次へと崩れていく。ゆえに読むほどに不安はつのり、不快感は増していく。溺れる者が必死でもがくように読み進めた。必死だから頁を繰る手は止まらない。息苦しさも上質なエンターテインメントになり得ると知った。ああ、この感じは映画『マルホランド・ドライブ』に似ている。あと少しでデヴィッド・リンチに達する。それはリンチ未満という否定的意見ではなく、あのリンチに肉薄しているという意味での最大の賛辞だ。リンチ同様、サイコスリラーとかミステリーといった分かりやすいジャンルにくくられるものではなく、いうなればこれは“悪夢”というジャンルの中の優れた娯楽作品なのだ。

稲子美砂
稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

人の心の迷路に
分け入っていく

翻訳小説にありがちな不自然で馴染めない言い回しは一切ない。だから、するすると物語は頭に入ってくるのだが、終始つりばしを渡っているような心許ない気分。娘の突然の失踪で精神科医ヴィクトルは平静さを失っているし、そんな彼に治療を依頼するアンナも統合失調症という重度の精神病を患っている。次々提示される謎。違和感。何が現実なのか、妄想なのか、振り落とされないように、読み違えないように緊張しつつ、ページを繰る。60章にもおよぶ細かい章立てのそれぞれのラストには、そんな揺れ動く読者の心を牽引するような引きのある一文があってドライブをかける。著者はさすが放送作家、その構成力には舌を巻くが、私が驚嘆したのはストーリーよりも人の心の複雑さ。心を病むとは一体どういうことなのか、その恐ろしさに呆然となった。

岸本亜紀
岸本亜紀
(11月、担当している新刊は、大田垣晴子さん『わたしってどんなヒトですか?』、赤澤かおりさん『くらしのなかの日用品』、『しんみみぶくろ34』)

超スピードで一気読み! 深読み

厳禁! 物語に身をゆだねて楽しめ!

ドイツの新人作家の大ベストセラー、『ダ・ヴィンチコード』を超えた!と鳴り物入りで登場した本作。大金持ちの精神科医の娘が失踪、吹き荒れる嵐の中、小さな島の別荘に引きこもる主人公、自らを統合失調症と名乗る謎の女性患者の度重なる訪問……とこれまたお決まりのゴシック風味てんこ盛りなのだが、一度読み始めたら本当にやめられないのだ。思わせぶりな展開、ホラーテイストなドキドキ、どれもが大げさであればあるほど雰囲気が増していく。まるで映画に身をゆだねているかのよう。ラストの急展開にはちょっとびっくりしたが、主人公が追い詰められ、狂いながらも切なく品性のあるスタンスにとても好感を持った。内容の整合性やオチが見えた見えないなどということでなく、ジェットコースターに乗った気分で、物語がぐんぐん進むスピードを単純に楽しんでもらいたい作品だ。

関口靖彦
関口靖彦
(『プラネット・テラー』『ゾンビーノ』『ゾンビ3D』……この秋はゾンビ映画がたくさんあって幸せです)

“文学らしさ”を捨てた
スピード狂の作戦勝ち

デビュー作にして、見事な作戦勝ちである。オチは反則すれすれだし、奥深い滋味も、繊細な人物描写も、オリジナルな表現も、なんにもない。あるのは、次のページをめくらせるスピード感のみ!そしてそのことは、決してイヤな印象を残さないのである。ジェットコースターに乗って楽しかった、というのと同じ喜びが確かにあるからだ。なにしろ「スピード感だけを追求」って、言うのは簡単だけど誰でも出来るもんじゃない。“ヴィクトルとアンナの会話”という限定された状況が本編のほとんどを占めているのだから尚さらだ。そこで著者は……60もの章に分け、場面転換の連続で読者を刺激し続ける。静かな会話と、ショッキングなビジュアルを交互に配してメリハリをつける。一回の会話を長続きさせず、読者の“続き”への渇望を煽る……作戦の数々、まんまとハマって楽しんで!

飯田久美子
飯田久美子
(ちなみに昔おしっこをもらした怖い話は、オチが「犯人はオマエだっ!」ってやつです)

世界で1番怖いものは……

怖いものがいっぱいある。暗いところ、高いところ、犬、爆発、注射、雷、火、台風……。手術をしたときは、手術が怖くて全身麻酔してるのに過呼吸を起こした。小学生のとき、怖い話をきいておしっこをもらしてからは、怪談とかなるべく避けるようにしている。ミステリーとかサスペンスは、ルール違反かもしれないが、結末を確認してから読むこともある。衝撃と恐怖をやわらげるために。ところが。この『治療島』、わたしはわりと早めに「これって、もしかして」とラストに明かされる“秘密”に気づいたのに、それでも怖さが全然減らないのだ。「もしかして」と思えば思うほど、ドキドキが募る。わたしが何かを怖がるといつも「1番怖いのは人間よ」と言っていた母の言葉を思い出した。ああ、怖かった。

服部美穂
服部美穂
(第1特集は「ボーイズラブ大特集」です!「BL短歌」も力作揃い。ぜひご覧下さい!!)

幻覚や夢、精神世界を体感
したかのような読書体験

本書は、一見すると娘の失踪を巡る謎解きミステリーだ。しかし、語り手である主人公もまた精神病院に収監されながら回顧している。という物語の構造が、我々読者を混乱させる。なぜなら、登場する主要人物の多くが病んでいるということになるからだ。たとえ誰かは病を装っているのだとしても、我々は誰を信じていいのかわからない。一体、誰がまともで誰が狂っているのか。ヴィクトルが周りに呆れられながらも執拗にアンナにこだわるように、我々も疑いながらもひたすらページを繰るしかないのだ。ミステリーとしての完成度、結末に明かされる真実に異を唱える声もあろうが、狂気の渦に呑まれていくような体感を得たい方はぜひ一読してみてほしい。

似田貝大介
似田貝大介
(第2回『幽』怪談文学賞・長編部門のファイナリストが決まりました)

記憶と精神の混沌の果てに
見えてくるものとは

元精神科医師の主人公が島で出会った、招かれざる患者・アンナ。彼女の尋常ではない行動や信じがたい出来事に翻弄される主人公だが、常に己を信じ、娘を思いつづける。それは恐らく、ひとたび自分を疑ってしまえば、自分の周りを構築している世界のなにもかもが壊れてしまうからだろう。冒頭からいたるところにちりばめられたヒントによって、すぐそこに答えがあるのに焦らされる。じわりじわりと言葉巧みに読み手を惹きつけつつも、事件の核心に近づくことは許してくれない。はがゆい思いで読んでいたら流れるようにページが進んでいた。読了後も二度、三度読むことで、必ず新しい発見を楽しむことができるだろう。

矢部雅子
矢部雅子
(この本の進行全般とトクする20冊などを担当)

だまされたと思って、
本当にだまされてみてください

もう何人かに勧めてしまいました。だって「ドイツ」「サイコ」から想像した堅苦しさはいい意味で裏切られる読み易さなんですもの。娘が失踪する4年前の記憶、現実か妄想かわからない謎の女アンナの話、混乱していく精神。事件の展開も時間軸も入り組んだ話なのだけど、6〜7ページごとで区切られる短い章に急き立てられるようにピッチが上がって一気読みしてしまいます。残忍なシーンはまるでないのに次第に追い詰められていく主人公の、心拍数を感じられるようなスピード感は見事。突っ込みどころもあるでしょうが、邦訳ならではの言葉のカラクリも一気に謎を解くわかりやすさに一役買っていますし、ラストまで引っ張られる強引さを楽しんでみてはいかがでしょう。

イラスト/古屋あきさ

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