2007年08月号 『とりつくしま』 東直子
更新日:2013/9/13
とりつくしま
ハード : | 発売元 : 筑摩書房 |
ジャンル:小説・エッセイ | 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス |
著者名:東直子 | 価格:1,512円 |
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2007年7月6日
『とりつくしま』 advertisement 東 直子 |
死んでしまった私に、「とりつくしま係」が問いかける。“心残りはありませんか? なにかモノにとりついて、もう一度この世に戻ることができます” そして、妻は夫のマグカップに、母は息子のロージンになって、大切な人のそばに舞い戻る。 夏だけ箪笥から出される師匠の扇子になった弟子、ママに会いたくて公園の“青いの”になった男の子……。 モノという、見守ることしかできない存在になって見る世界は、時に懐かしく温かく、時にやるせない。 さまざまな立場の「とりつくしま」を描いた10の物語に番外篇を1篇加えた、切なくてほろ苦い連作短篇集。 |
撮影/首藤幹夫
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ひがし・なおこ●1963年、広島県生まれ。歌人。歌集に『春原さんのリコーダー』『愛を想う』など。共著に、穂村弘、沢田康彦との短歌入門書など。ほか、ミュージカル脚本やエッセイでも活躍。2006年、初の小説『長崎くんの指』を上梓、話題となる。
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横里 隆 (本誌編集長。「ねぇねぇ、とりつくとしたら何?」といった会話が恋人同士で交わされる日も近いかも。東さん、ぜひ続編の執筆を) 幸せの立ち位置を 東さんは歌人だ。短い言葉で刹那と永遠を同時にとらえる。詩歌は無駄なものを削ぎ落として残った言葉を点として表現することで周囲の空間を思い描かせる。そして空間は振動してゆらぐから、ときに拠り所のない絶望を感じさせる。一方小説は物語の展開としての線を描くことで時を紡ぎ出す。そして時は流れてうつろうから、ときに無常を知らしめる。詩歌と小説、すなわち絶望と無常が描かれているのがこの作品の魅力だ。例えば、死という圧倒的な絶望と、とりついたモノもまた劣化し消えていく定めにあるという無常とが、鮮明に教えてくれる。ただひとりの例外もなく僕たちは、儚く、悲しい存在なのだと。でも、それを伝える東さんの言葉は穏やかで、流れる物語はやさしい。語ることを許されず、ただ大切な人のそばに在ることしかできなくても、想いは育まれ、熟成し、昇華していく。それは究極の片想いのようでもあるけど、片想いも恋であるのと同様に、その在り様もまた幸いなのだと。絶望と同じ姿をした希望を感じさせてくれる、すごくすごくいい小説なのです。 |
稲子美砂 (本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当) 諦めることで 生者と死者は手を取りあって生きることはできない—『とりつくしま』を読んで、むかしどこかで目にして泣いた、この一文を思い出した。自分にとって大切な人を喪う。それは死者にとっても同じことなのだ。モノとなってその人を見守るという、究極の片想い。東さんはそんな人たちの諦観の視線をさまざまなバリエーションをもって書き分け、シンプルな設定を飽きさせない。淡々とした筆致に中にあるユーモアと奥行き。とてつもなく絶望的な話ものほほんとした楽天的な話も、読む人によってその深度は違うだろう。—ほとんどの人が自分だったら何にとりつくだろうと考えるにちがいない。私も考えたけれど、選べなかった。かなり一生懸命考えたのだけれど。 |
岸本亜紀 (本誌副編集長。『幽』7号絶賛発売中! こども向けの「しんみみぶくろ」2冊同時で7月20日刊行予定!) とりつく対象を持てるって 幸せなことだなぁ…… ようちえんじは、ママのおべんとうを食べて死んでしまった……。それだけで息子のいる私としては複雑な気持ちで泣けてくるのに、ジャングルジムにとりついたぼくのところに現れたママを「ママ!ママ! やっときてくれたんだね!」と激しく喜ぶくだりで号泣。このシーン、感動したくてわざと何度も読んだりして。歌人ならではの観察眼と、世界を端的に切り取る鮮やかさ。お見事!な一冊。「モノが語る」一瞬をしかと受け止め、短く美しい言葉で読む人の心を揺さぶる。歌人ならではの「物語」だと思う。さて、わたしは何にとりつこうか! おもいつかないなぁ……。 |
関口靖彦 (諸星大二郎、花輪和一、高橋葉介ほか豪華執筆陣の怪談マンガ単行本『コミック幽』が発売になりました!) 自分の大切な人は、 モノにとりついても、誰かに何かを伝えることはできない。そしてモノが壊れたり消耗されたりすれば、第二の生はおしまい。意志が伝えられない以上、それを阻止することは不可能だ。他者と理解しあえず、終わりは突然、不可避にやってくる——生前と同じ! だが、1点だけ違いがある。自分がいなくなった世界で、周囲の人が力強く生き続けている姿を見られるのだ。自分の大切な人は、自分がいなくても大丈夫。それはさびしいことだけれど、大きな安心でもある。自分の周囲の人は、みんなこんなに強いんだ。愛する人はきちんと生き続けてくれるんだ。この本はそう教えてくれる。そしてわれわれ読者は、今夜もおだやかに眠りにつくことができる。 |
波多野公美 (ある快晴の日、水木しげる先生を取材。窓からさわやかな風、先生の笑顔……別世界でした) 大切なものは…… 「とりつくしま」という設定で、作者はすべての生が持つ贅肉を、死をもって取り去り、人生の核だけを残してみせることに成功した。その人が人生で一番大切に思っていた相手、一番気に入っていた場所、一番心残りがあること。それは本人にとってさえ、意外な答えであることも。思いやったり、執着したり、とりつくしまにとりついてからも、魂たちは右往左往して人間くさい。その人間くささこそが、死んでも消えることのない、人の心の大切な何かなのだと思う。とりつくしま、私は何も浮かばなかった。それもまた、爽快な気もした。 |
飯田久美子 (瀬尾まいこさんの本誌連載をまとめた単行本『ありがとう、さようなら』が出ました!) さみしさをひきうける 執着心が人一倍強いほうだ。せめて死んだ後くらい、さみしい気持ちとかやきもちから解放されたい。だから、できれば好きな人より先に死にたい、と常々思っている。でも好きな人に「自分が死んだ後が心配」とか言われたらたぶんうれしい。“とりつくしま”を選ぶことは、未練とか執着とかじゃないっぽい。さみしい気持ちを引き受けて、それでも誰かを見守りたいと願うこと。そんな気持ちがもてるなんてみんな立派だなあと、感心しました。そういう立派な人にしか“とりつくしま係”はあらわれないのだろうか。「日記」の話なら、人魚姫みたいでいいかな、とも思いました。実際は燃やされながら、たぶん激昂すると思うけど。 |
服部美穂 (7 月6 日(金)より、WEBダ・ヴィンチでほしのゆみさんの新連載がスタートします!) モノって切ないですね 「ロージン」がよかった。主人公は、息子の中学校最後の野球の公式戦を見届けるために、ピッチャーが手につける白い粉(=ロージン)をとりつくしまに選ぶ。息子のロージンとなって試合の行方を見守っていた彼女は、とりつくしまをなくす瞬間、勝敗以上に見届けたかった、だけど、認めるのが最も寂しくもあったことを確認し、この世を去っていく。このラストが心に残った。モノになってでも大切な人のそばにいたい。その思いが強いほど、何もできないモノは辛い。私が何かにとりつくなら「レンズ」のおばあさんのように、第二の人生を楽しむかな。 |
似田貝大介 (『幽』7号、京極夏彦『旧怪談』、木原浩勝『隣之怪』、中山市朗『なまなりさん』などなど発売中です) 生きていれば、いいと思う 絶妙な言葉の感覚に支配されている本作は、死という深刻な題材を扱いつつも、むやみに悲観して重くのしかかることはない。もちろん決して軽いわけではない。もしも軽んじて隙をみせたらば、ざっくりと深く切り込まれてしまう。何かにとりついた彼らは、何も話せなくて何も伝えられない。それでも現世に生きている。生きているから喜び、悲しむ。死によって、一度は諦めかけた願いに、もう一度希望をもたせる“とりつくしま係”はあまりに残酷だ。しかし、すでに死を知っている彼らは、再び与えられた儚い生を果敢に生き、ささやかな思いを託すのだろう。個人的には「日記」のようになれれば幸せに成仏できます。 |
矢部雅子 (この本の進行全般とトクする20冊などを担当) 一番の望みはささやかなもの 手出しも口出しも叶わず、新しい時間を動き始めた人にモノになって寄り添うしかできない。「さて、あなたは何にとりつきますか」。生きている間に簡単に決められる人は少ないと思う。生者は欲張りで臆病でいろんな展開を考えてしまうから。「終わってしまった」からこそ欲がなくシンプルに言えるのだろう。ただあの人を一目みたい。近くにいたい。描かれているのは“未練”というにはあまりにも優しくて切なくてささやかな望みだ。短いセンテンスで綴られていく物語は淡々としたテンポで、ゆっくりじんわり潤ってくる気がする。 |
中村智津子 (メディア企画担当。そろそろ、健康的な食生活を送りたいです。ご協力をお願いします) 歌人という魅力 人が死んでしまう物語は、“お涙ちょうだい”風で、避けてきました。しかし、この帯を読むと、「死んだあとに、モノに“とりつく”」という変わった設定。モノという無機質な物体となって、愛する人にもう一度会いにいくストーリー。装丁の不思議な妖精のイラスト。そして、著者が“歌人”であることに惹かれて手に取りました。——しんみり、じんわり、切なくて、ほろ苦い——短い文章で、こんなにも感動できたのは初めてです。11篇、どれも美しい文章で綴られていて、順位はつけられません。めずらしく、大切に手元に置いておきたい一冊です! |
イラスト/古屋あきさ |
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