2006年12月号 『テヘランでロリータを読む』 ア-ザル・ナフィ-シ-

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/26

テヘランでロリータを読む

ハード : 発売元 : 白水社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:ア-ザル・ナフィ-シ- 価格:2,310円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2006年11月6日


『テヘランでロリータを読む』

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アーザル・ナフィーシー/著 市川恵里/訳
白水社 2310円

 1995年の秋、大学を辞したアーザル・ナフィーシーは彼女のかねてからの夢を実現することにした。それは、イスラム革命により厳格なイスラム教国に変貌し、日常生活から読書まで厳しく規制されたイランのテヘランで、秘密の読書会を開くこと。毎週木曜日、彼女の家に集まった女性たちは、そこではヴェールを脱ぎ『千夜一夜物語』から、『高慢と偏見』そして『ロリータ』を読み、語り合う。
 テヘランに生まれ、欧米で育った著者がみた、革命や戦争で変わりゆくテヘランを、様々な文学に寄せて綴ったノンフィクション。全米で150万部のベストセラーになった。

撮影/下林彩子
 

アーザル・ナフィーシー●1950年頃テヘランで生まれる。13歳から海外留学し、欧米で教育を受ける。イラン革命直後に帰国しテヘラン大学の教員となるも、ヴェールの着用を拒否し、テヘラン大学から追放される。97年にアメリカに移住。現在ジョンズ・ホプキンズ大学教授。


横里 隆

(本誌編集長。次号の表紙はなんと、敬愛してやまない中島みゆきさん!です。11 月22 日発売のアルバム『ララバイSINGER』も素晴らしいです! 乞うご期待)

本に救われた著者によるこの本が
再び多くの人々を救うだろう


ブラッドベリの作品に『華氏451度』という、本が燃えるときの温度・華氏451度(摂氏233度)をタイトルにした名作がある。すべての本が悪影響を及ぼすものとして規制され、焼き払われてしまうという暗澹たる未来を舞台にしたもの。歴史上でも、秦の始皇帝やナチス・ドイツによる焚書などが有名だが、今の時代にブラッドベリのSF小説のようなことが起こっているとは想像だにしなかった。著者は言う「テヘランで『ロリータ』を読んでいる私たちを想像してほしい」と。何度も何度も言う。言われるままに想像し、その情景に胸を打たれた。そして思い知ったことがある。“本は人を救う”のだということを。強大な圧政に苦しむ人も、身近な人間関係のきしみに苦しむ人も、本が支えてくれる。本は、同じように苦しみにさらされた作家たちが、どう向き合い、どう乗り越えたか、その軌跡が綴られたものだからだ。何百年も、何千年も、人は過ちを繰り返し、苦しみを繰り返し、後悔を繰り返してきた。文字がなく、本がなければ永遠に繰り返されるかもしれない負のループから、僕たちは抜け出す術を持っている。それが本だ。一方で本書は、まるで『赤毛のアン』のような爽やかさに満ちていた。本に支えられた著者によるこの本がまた、多くの苦しみから人々を救うに違いない。それはとても正しいループのように感じた。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

イランの女性たちに対して
親近感を抱く


北朝鮮の核実験について耳にしても、私たちにとって戦争とはなかなか実感のわかないものだし、実際戦時下となったときのことを想像するのは難しい。本書からイスラム革命以後のイランの内情を知ると、全体主義の名のもとに、いかに個人の尊厳や自由が踏みにじられてきたのか、イランの女性たちは生活の細部にわたってどんな苦しみを強いられてきたのか、それは胸が痛くなるほどである。しかし、彼女たちは理想を捨てず、実にしなやかに生き抜いていく。そこには文学があり、自由で抑圧のない社会の中で小説を読むこととは違う切実さがここにある。7人の学生たちは非常に個性的で、彼女たちの個々のエピソードも楽しかった。凝縮された内容の濃い1冊であるが、読後感は軽やかである。

関口靖彦
(SABEさんのマンガ『世界の孫』1巻が強烈でした! ここではとても説明しきれませんが、ぜひ一読を!)

本というものの魅力と威力を
思い出させてくれた本


今号の第2特集「次に“来る”少女マンガはこれだ!」で、穂村弘さんにお話をうかがった。いわくマンガの魅力は“共感”と“ワンダー”にあり、と。「わかるわかる、そういうことってあるよねー」という共感と、「こんな世界があるとは知らなかった」という驚き。今回のプラチナ本は、まさに後者の驚きを与えてくれた。欧米の本が入ってくる、という今の日本では当たり前のことに、こんなにも左右される人々が現在いるとは……自分の知らないことを知って驚く、ということは思えば本というものの本来の魅力なのに、最近は“共感”の本ばかり読んでいたことに気づかされた。そして自分にとってはもちろん、本書の著者たちの姿を見て、本はこんなに社会に影響を与えることができるものなのだと、あらためて認識させられた。“言葉”の威力を思い出させてくれたことは、すごく大きい。


波多野公美
(今年も『あたしンち』新刊の季節がやってまいりました。12 巻も期待を裏切らないおもしろさです!)

本を読むことは、
生き延びるための唯一の聖域


どんな理由かは分からないけれど、いつか本を読むことができなくなったら……という恐怖に、ときどき私は襲われる。本を読むことが、何よりも好きで、生きていくためにどうしても必要だからだ。そんな自分のような人が、世界中に、どんな状況下にも、存在している——この本を読んで、その事実を知ることができた。舞台のテヘランとはくらべようもないほど自由なこの日本でも、さまざまな理由から生じる不自由さに押しつぶされないために、人生を生き抜くために、本を必要とする人たちが、私を含めて間違いなく存在する。この本に登場する女性たちの本への強い希求と、読むことへの執着はまったく他人事ではなく、それだけに彼女たちの境遇に胸が痛んだ。


飯田久美子
(『ロリータ』を読んだのは、初めて痴漢に遭った翌日のこと。学校で「そいつはロリコンだ」と言われたので、読んでみた。M君事件に湧く夏の、本屋さんでのことだった)

遠く離れたどこかにも
本を読んでるひとがいる


魔術師みたいな人に「すごい本がある」と教えられ急ぎ行った本屋さんで、「全米150万部のベストセラー」という帯を見て、少し退いた。もしかしてアメリカのプロパガンダ本?と思ったからだ。そんなイデオロギッシュな先入観は早々に打ち砕かれた。イスラム。革命。戦争。これらを他人事だと思う人に、思い出してほしい。『若草物語』の姉妹を襲った南北戦争を、『小公女』セーラの突然の孤独を、『マッチ売りの少女』の貧乏を。見たこともない景色や、名前も知らない食べものの味、遠い昔の戦争や貧乏を、想像してみなかっただろうか。テヘランの彼女たちと、わたしたちはいろんなことがちがう。けれど「想像してほしい」と著者は言う。想像できるはずだとわたしは思う。「想う」ことは、たぶん、人間に残される、最後の自由であり抵抗だと思うから。そして「想い」の傍には本がある。著者は繰り返し語る、アイスを食べること、恋すること、手を握ること、そして本を読むことの歓びを。そう、この本は、何より、本を読む女の子の話だ。そこが好きだ。それと、“魔術師”! 著者と魔術師のやりとりは世界中の文化系女子必読です。


服部美穂
(爆笑問題の日本史原論「日米関係編」は今月で最終回です。来月からは「文豪編」がスタート。お楽しみに!)

優れたフィクションは
現実に立ち向かう力をくれる


「感情移入こそが小説の本質」と著者は語る。一見すると、誰もが当たり前に納得する言葉だろう。だが、本書を読みながら彼女たちの生きる現実に身を置いてみると、この当たり前の言葉が俄然重みを増す。読書会に集まった女性たちは、恐怖と失望から、自身の感覚や欲求を少しずつ殺していくような日々を送っている。彼女たちは『ロリータ』のヒロインの境遇に我が身を重ね、やがて、テヘランに生きる自分たちにとっての『ロリータ』論を語りだす。抗うことなど許されない現実から、一時逃避する手段であった小説によって、逆に、自らの現実を見つめなおし、抑圧していた感情を呼び覚ますのだ。自分を忘れ、小説に没頭することによって。「感情移入こそが小説の本質なのです。小説を読むということは、その体験を深く吸い込むことです。さあ息を吸って。それを忘れないで」


似田貝大介
(12月8日発売の『幽』6号が着々と進行中。今回の第一特集は「江戸の怪」です)

世界を生きる力を

フィクションを通して知る


イランが最も揺れ動いていた時期を舞台に描く本作。イラン・イスラーム革命後の圧制の下、彼女らは秘密の読書会を開き、文学というフィクションを通して過酷な現実を見つめている。八百万の神に囲まれて育った私たちに、彼女らの気持ちや立場が果たしてどれほど理解できるのだろうか? 著者はくり返し“想像してほしい”と読者に訴える。その通り、私には想像することしかできず、その想像は誤っているのかもしれない。正誤や善悪なんて簡単にわかることではないが、革命、戦争、暴動とめまぐるしく変化する世界に暮らす彼女らの想いを少なからず感じとれた気がする。本を読む彼女らの姿を通して、フィクションが持つ力の大きさを改めて知らされた。


宮坂琢磨
(『幽』のホームページが出来ました。WEBダ・ヴィンチから飛べます。謎の絵日記公開中です)

机上の存在に
思いを馳せ、思いを飛ばす


毎朝、地下鉄で出社し、会社で仕事して家に帰る。気付けば私の世界は狭い。読書はそんな限定された世界から一歩踏み出し、また、省みさせてくれる1つの方法だと思う。今回私が触れた世界では、テヘランに暮らす女性たちが、私よりもずっと切実に、そして真剣に読書をしていた。私には想像しかできない日本とは異なった世界で、彼女たちが本に求めていたもの、本によって得たものは、きっと私たちのものと本質的に変わらないは
ずだ。その普遍性は、この私からは“距離の遠い”世界の物語に感情移入させる。そして気付くのだ。読書は個人だけの秘めた体験だけではなく、そこから世界に繋がる、1つの手段であることを。

イラスト/古屋あきさ

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