2006年11月号 『独白するユニバーサル横メルカトル 平山夢明短編集』

今月のプラチナ本

2006/10/6

独白するユニバーサル横メルカトル

ハード : 発売元 : 光文社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp
著者名:平山 夢明 価格:1,728円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2006年10月5日


『独白するユニバーサル横メルカトル 平山夢明短編集』

平山夢明 光文社 1680円

 ユニバーサル横メルカトル図法で描かれた、延べ197 枚の地形図は、自分の持ち主であった、ある父子の物語を語りはじめる。タクシー運転手である先代の愛用品として使われていた地図は、地図としての使命を果たすべく、日夜奮闘していた。先代がたびたび殺人を犯すようになってもそれは変わらず、むしろ二人の絆を強くしていった。しかし、先代は急死してしまい、彼の息子が殺人癖とともに地図を引き継ぐが……。

 日本推理作家協会賞短編部門を受賞した表題作「独白するユニバーサル横メルカトル」を含む、血と肉に彩られた8つの短編を収めた短編集。

撮影/首藤幹夫
 

ひらやま・ゆめあき●1961年、神奈川県生まれ。著書に『「超」怖い話』シリーズ、『メルキオールの惨劇』、『東京伝説—彷徨う街の怖い話』、『いま、殺りにゆきます』など。短編「独白するユニバーサル横メルカトル」で日本推理作家協会賞短編部門を受賞。


横里 隆

(本誌編集長。今号で遂に『テレプシコーラ』第1部が完結! 最終回をぜひ堪能してください。山岸凉子×首藤康之対談もお楽しみあれ)

圧倒的不快感にシンクロし

哀しみと悦楽を同時に体感


社会に“反”するのではなく、“脱”する者たち。彼らはすなわち法を逸脱した者たちであり、他者に不条理な暴力を与え、殺人を犯し、そして世界の破壊を希求する。そんな逸脱しつづける者たちを描いた本書は、読む者を圧倒的不快感と嫌悪感で包み込む。しかし本当に忌むべきは、読み進むうち、彼らに思いが同調してしまうこと。自分は安全な場所で読書を楽しんでいたに過ぎないのに、いつのまにか本の中の濃い闇に心が侵食されていく。くらくらと眩暈を起こしながら、そんな馬鹿なと思う。必死で、自分はそっち側の逸脱した人間ではないはずだと言い聞かせる。その眩惑感こそが本書の魅力だ。僕たちは、追い詰められて条件さえそろえば気も狂うし人も殺す。安全な場所なんてなかったんだと、足元が崩れていく。それは恐怖であり、絶望であり、そして解放でもある。哀しみと悦楽を同時にもたらしてくれる物語たち。危険な小説だと思う。でも、これぞ力を持った文学作品だとも思う。狂気への越境を書き続けた天才作家・筒井康隆の後継者は、今、意外なところから姿を現した。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

小説だけが成し得る陶酔感


本作が候補作としてあがったとき、プラチナ本になるとは予想できなかった。それは小説としての質の問題ではなく、平山氏の描く世界があまりに残虐で嫌悪感に満ち、とても万人にお薦めできるとは思わなかったから。しかし、ここまでの緊張感と完成度を見せつけられると、もう脱帽である。練りこまれた一語・一文、短編ごとの雰囲気ある文体、秀逸な比喩、幅広い知識に裏打ちされたエピソード……一作執筆するのに、厖大な時間が費やされたことは間違いない。虐待、人肉、殺人鬼、狂気、拷問といった目を逸らせたくなるような題材であっても、そこにはユーモアもあり、寂しさもあり、愛もあるのだ。掲載順もいい。1作目の『C10H14N2(ニコチン)と少年ーー乞食と老婆』は、本作品集の踏み絵ともなるべき短編だ。好きなのはインテリ象男が登場する『Ωの聖餐』。映像だったら、とても直視できないけど。


岸本亜紀

(約1 年の育児休暇から戻りました。子供と過ごす時間は貴重だけど、やっぱり仕事は面白いわ〜。)

残虐で危険な書ではあるけれど、

純粋な人間の寂しさが描かれた傑作

本書の世界観は通常の倫理観からかけ離れている。人肉や脳を平気で喰らうし、子供は弱者に暴力をふるう。本書のどこを開いても血や粘液がべたべたと張り付いてくる。しかし、そこで本書を読むのをやめるなかれ。安っぽい暴力肯定のホラー小説ではないし、エログロでもない。短編ではあるが、長編に匹敵する膨大な知識と情報が物語の背景にあり、文章は研ぎ澄まされた職人芸。一見狂って見える登場人物たちの行動は、だれもが心の奥深くに持っているであろう狂気そのものだ。私は物語を読んでいて、どの登場人物にも見え隠れする、人間として生き続けることの精一杯さ、寂しさを感じずにはいられなかった。人は誰しも、突然あっち側の世界に行ってしまいそうになることがある。夕日が沈む直前、踏切を越えるとき、高層マンションのベランダで。その甘い声はいつでもわれわれを誘惑する。いつでも突然に、死と暴力が現れてくる。そっちにいってもいかなくても、それが人間なのだと、作者は優しく肯定してくれるのだ。


関口靖彦
(本書を映画にたとえるなら、ホラー映画ではなくアレハンドロ・ホドロフスキー作品を挙げたいです)

真実というものがあるなら、

その一端が確かにここにある


私はホラー・怪奇小説が大好きで長年読み漁ってきた。そうして、ホラーというジャンルには罠があることを知った。つまり、それっぽい素材をいくつか組み合わせれば一応ホラーになってしまう、という罠。どこかで読んだような舞台、サイコ、怪奇現象の組み合わせ……どの作家もその罠を避けようと苦闘し、しかし避けきれないこともままある。だが平山夢明は、それを絶対に自分に許さない。「これくらいのことは誰かがやっているだろう」と思った瞬間、さらにその先へ突き進むことを自らに厳しく課すのだ。誰よりも執拗に人体を破壊し、誰よりも殺人者の衝動にシンクロし、誰よりも突飛な設定をひねり出す。そして何より、世界を見る基準を、先行のものに頼らない。美しいもの/汚いもの、正しいもの/悪いものの基準を、絶対に自分の手でつかもうともがき続けている。それはもうある種の求道であり、ジャンルを超えて“ほんとうの世界”を感じさせる圧倒的迫力がある。


波多野公美
(ダ・ヴィンチを作りつつ、年内に発行の単行本を4冊制作中。そんな日々も、息抜きは読書です〜)

受け入れ難いのに、見事すぎる

小説の凄みを味わってしまった


自分の話で恐縮ですが、基本的に、読後感の良い作品が好きで、狂気や暴力や肉体の痛みが主旨の作品は苦手なので、そういった作品はほとんど読みません(読めません)。好きな作家の作品に拷問シーンがあり、その後数年新作を読めなかったこともありました。そんな私ですら、この、私にとって受け入れ難く、近寄りたくないもののみで構成されている世界に、魅入られました。なぜなら、この世界を創造した作家が、あまりにも見事に、すさまじい技術で、彼の精魂を込めて、精緻で美しい完璧な世界をつくりあげていたから。痛いのが苦手な人はくれぐれも取り扱い注意ですが(最後の話は、特に!)、作家が本気で書いた小説の凄みが、恐ろしいほど味わえます。


飯田久美子
(この本を読んでいて、嫌な夢をいっぱい見てうなされました。さらに2回高熱が出ました。)

プラチナと称するのさえ

失礼なくらいの輝き


好きな本でも、読後、誰かにぜひ読んでもらいたいと薦めたくなる本と、絶対誰にも読まれたくない自分だけの内緒にしておきたい本がある。だけど、本を読む友だちとかいなかったから、ほとんどの本は自分だけの密やかな楽しみだった。大人になって本を読む友だちができて、共有する楽しみを知ったいまも思う。1人で読むべき本があると。小学校の図書室にひっそりとあったベトナム戦争の死体写真や水俣病の人の写真をこっそり覗きに通ったり、今はもう見ない世界びっくり人間に溜飲を下げたり、街ですれ違う妊婦のおなかがつぶれるところを頭の中で想像するような、そういう行為や欲望の恍惚は、1人密やかに楽しむことにこそあるんじゃないかと思う。『独白する〜』も、絶対1人で愛でてこそ、輝く本だろうと思う。こうやってみんなで薦められるような、安全な本では決してありません。ご注意を!


服部美穂
(今月から精神科医・名越康文さんの新連載『誰にもなれないあなたたちへ』がスタート! ぜひご覧下さい!!)

人の心に棲む怪物を描いた著者

いやいや小説家こそ怪物ですよ


久々に圧倒的な匠の技と小説家の凄まじさを見せつけられた。もうすっかり平山夢明の虜である。どうしようもなく惹きこまれ、貪るように読み進めてしまった。人は、堕ちていくことを恐れる一方で、どこまでも堕ちていきたい欲求も抱えているものだ。しかし、なかなか恐怖の歯止めを外せない。本書には、歯止めを外してしまった人々が描かれている。彼らの棲む世界は地獄のようだが、甘美な誘惑に満ち、その表情は恍惚としているように思う。思いや欲望は、強く、純粋であるほど、狂気を孕み、いつしか人を怪物にする。だからこそ、哀しいかな我々は自らの内に潜む怪物を飼い馴らして生きる必要があるのだ。現実世界で味わう地獄は耐え難いものだろうから。


似田貝大介
(京極夏彦〈百鬼夜行シリーズ〉最新刊『邪魅の雫』が刊行!「ミステリーダ・ヴィンチ」で特集しています)

とにかく濃厚、そして突出

純粋な力に打ちのめされる


一篇を読み終えるごとに疲労困憊し、著者の鬼気迫る想いに勝負を挑まれ、試されている気分になる。ぬるさやゆるさがミジンコ一匹入る隙をあたえまいとする、とにかく濃厚でとにかく突出した、ただならぬ作品だ。暗闇に描かれた純粋な形の人間による、欲望とは言い難い衝動に陶酔してしまいそうになる。不条理な嫌悪感に満ち溢れた世界は非常に危うい魅惑を誘い、けっして諸手を挙げてはいけないのだろうが、これほどまでにつき抜けた嫌悪感は爽快感に近い感覚を覚えた。もはや作風の好き嫌いだけで量ることは勿体無い。あえて万人にお勧めしたいと思う。試しに、本作を自分の親が読んでいる場面を想像してみたら……やはり、ちょっと嫌かもしれない。


宮坂琢磨
(『幽』怪談文学賞・長編部門の最終候補作品5編が決まりました! 詳しくはWEBダ・ヴィンチで発表中)

突き詰めた暴力描写から生じる

嫌悪感ともうひとつの感情


理性的な殺人鬼、極めて落ち着いた拷問官など、この短編集に登場するのは我々の日常観ではとらえきれない人々だ。彼らに共通しているのは、世俗的な葛藤から超越し、ただ、己の欲望や規定された役割に身をまかせて、あえて流されるところだ。この流されそうになる感覚はきっと誰にでもあるのだろう。全く合理的でない行動なのに、止まることができない。どこか冷静に「あーあ」と思いながら、先鋭化していく欲求を認識していく感じ。この作品を読んで感じる共感は、他者を傷つけ、支配を求める単純な暴力への共感ではない。自分の中で生まれてくる不可解な欲望に振り回されること、肥大し続け制御できなくなった欲望に身をまかせることへのあこがれなのだ。

イラスト/古屋あきさ

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