2006年09月号 『コーヒーもう一杯』1〜2巻 山川直人

今月のプラチナ本

2006/8/6

コーヒーもう一杯(1) (ビームコミックス)

ハード : 発売元 : エンターブレイン
ジャンル:コミック 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:山川直人 価格:683円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2006年08月04日


『コーヒーもう一杯』1〜2巻

山川直人 エンターブレインビームC 各683円

 さまざまにコーヒーを淹れる人、飲む人の想いを描く短編マンガ集。『まぼろし』は、しがない似顔絵描きが主人公。彼は迷い込んだ裏路地で「まぼろし」という喫茶店に入る。そこで出会った男性に頼まれ、男性の妻子の似顔絵を聞き描きするが……。
 『恋する喫茶店』は喫茶店のウェイトレスに恋していても、ただ通うことしかできない青年が描かれる。
 日常の話にとどまらず、SF、ファンタジーの要素も含めながら、コーヒーに向かう人の姿を描く。

撮影/川口宗道
撮影協力/ERIKA(東京・西神田)
 

やまかわ・なおと●1962年生まれ。中学からマンガを描き始め、高校入学と同時に同人誌活動を開始。88年『シリーズ間借人』(『ヤングチャンピオン』連載)でデビュー。

横里 隆

(本誌編集長。最近“もつ鍋”ばかり食べている。ひと昔前のもつ鍋ブームの際より格段に美味くなっていることに驚喜しつつ「僕はもつ鍋を食べつづけていこう」と決意)

思い通りにいかない世の中だけど
大切に思いつづけていれば、必ず……


故郷の町に自分がものごころついたときから今もつづく駄菓子屋がある。昭和レトロブームがきて、巨大テーマパークからコンビニにまで駄菓子コーナーができたけど、おばあちゃんが営む田舎の小さな駄菓子屋は何も変わらず、何十年もそこに建ちつづけてきた。息子たちが家を出て、おじいちゃんが亡くなっても、おばあちゃんは、ただただ店を開けつづけてきた。この作品は、まさにそうした駄菓子屋のようなマンガだ。作中に登場する喫茶店は決して流行のカフェではないし、20年近くマンガを描きつづけてきた著者の山川さんは、寡作なマンガ家としてコミック作品も数少ない(『コミックビーム』編集部に感謝!)。同人誌などを発表の場としてずっと描きたいものだけを描きつづけてきたマンガ家に、今、ブームとは異なるスポットライトが当たる。2巻P.174の絵のように、思い通りにいかない狂騒の世の中を、マンガという名の友と肩を寄せ合いひたすら歩きつづけてきた山川さん。その手で熟成された作品たちはどれもとろけるように切なく、甘く、たまらなく美味しい。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

贅沢な時間、贅沢なマンガ


コーヒーは大好きだけど、最近は自動販売機のインスタントコーヒーしか飲んでいなくて、香りやコクを楽しみながらといったコーヒータイムとはご無沙汰だった。本作を読むと、間違いなく、ネルドリップで淹れられた美味しいコーヒーを飲みたくなる。せかせかと追われる日常からちょっと外れたくなる。山川さんの作品は初めてだったが、丁寧に描かれた1コマ1コマからコーヒーとマンガに対する深い愛情が伝わってきて、自分の気持ちがじんわりほぐされていくような感じがした。どこかにありそうなストーリーも多いのに、独特の絵とあいまって、山川さんならではの作品に仕上げられ、心の隅っこに響く。読者はきっとそれぞれのコーヒーストーリーを思い浮かべることになるだろう。美味しいコーヒーを飲むということは手に入れられる贅沢、なのだと思った。個人的には『まぼろし』が好きです。


関口靖彦
(ちょっと前に出たマンガですが板羽皆さんの『サムライカアサン』が素晴らしかった。人の善性をまっすぐに信じる話。泣いた)

「BIGになる」だけが夢じゃない、
「ささやかに生きる」もまた男の夢


夢を持て、といえば普通それは大志のことで、BIGを目指せということになる。しかし社会的成功にまったく興味を持てない男というのも世間にはたくさんいて、会社を興すより部屋で本を読んでいたい、美女をモノにするより気の合う子と友だちでいたい、豪奢なレストランに行くより自分でおいしいコーヒーを淹れたい——そんなささやかな夢を、独り暮らしの夜に見ている。「ささやか」が夢である証拠に、現実はたいがい「みじめ」だ。金儲けにあくせくせず、独り者で、金も才能もないけど大切な趣味がある。そんな暮らしをずっと続けるのは現実には不可能で、老いさらばえて働き口を失い、ホームレスかパラサイトに終わるしかない。古ぼけた喫茶店の暗がりでマッチをすり、そのわずかな炎の中に見た夢——本書はそんなふうに、ささやかだけれどあたたかく芳しい夢を、ひととき見せてくれる。儚いけれど、私にとって大切な時間だ。


波多野公美
(この夏は世界バレエフェスが楽しみ。6月のベジャールも素敵でした)

おいしいけど、あまくない
そんなコーヒーを飲んだ気持


このマンガは、山川直人さんが丁寧に淹れてくれた、あまくないけどおいしいコーヒーのようだ。コーヒーとおなじように、お砂糖やミルクがなければ、人生はあまくない。でも、どんなに面倒くさくても、手順を踏んでコーヒーを丁寧に淹れる人がたくさんいるように、投げやりにならずに、できることを少しずつ積み重ねる生き方しかできない人たちが、世の中にはたくさんいる。見る人が見れば、ただの面倒くさい人生でも、そういう生き方しかできなければ仕方ないし、そこに、丁寧な淹れ方をしたコーヒーのような味わいが生まれることもあると思う。このマンガには、そんな、味わい深い人生がいくつも描かれていた。あまくないのに、おいしい。読む前に、お好みのコーヒーの準備をお忘れなく!


飯田久美子
(第1回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞作、前川梓さんの『ようちゃんの夜』が本になりました。とてもかわいい本になったので、一度読んだ方も買ってください。詳しくはダ・ヴィンチ9月号P.152とP.204を!)

コーヒーの匂いにクラクラ

この本を一気に読もうとして気持ち悪くなった。何かに酔ったのだと思う。だってわたしは100%紅茶派だ。コーヒーは飲めない。気持ち悪くなるから。だけど、だから、はじめて飲んだコーヒーのことはよく憶えている。お稽古ごとのお迎えに来てくれた祖父と寄り道した喫茶店で飲んだ、アイスコーヒーだ。寄り道。子どもが飲むとバカになるからと母から禁止されていた飲みもの。大人の男の人しか入っちゃいけない喫茶店。そういうもののすべてが、わたしの知っているコーヒーの味、あるいは匂いだ。結局、その日の夜中、人生最初で最後のコーヒー一杯を、全部吐いた。誰にも見つからないように、裏庭で。酔ったのだと思う。小さいけれど、自分だけで抱えていかなくてはいけない秘密の匂いに。苦くて古い秘密の匂いに。吐いてしまわないように、1編ずつゆっくり読むのがいい、と気づいた。だって二十年ぶりの、もう一杯のコーヒーだから。


服部美穂
(ダ・ヴィンチ9月号 第一特集の目玉は「困ったブックデザイナー祖父江慎に言いたい!」です。豪華クレーマー陣に注目!!)

コーヒーも思い出も少し苦い
だけどその苦味が旨味なんだ

『かわいい女』の主人公・カオリは、付き合い始めたばかりの彼がコーヒー好きなことを知り「あの人もコーヒーが好きだった」と昔の彼を思い出し、コーヒーの淹れ方で昔の彼と今の彼を比べてしまう。一方、『コーヒーもう一杯』『風邪をひいた日』の主人公・青山は、いつもコーヒーを淹れてくれていた彼女と別れて以来、コーヒーを飲めずにいる。女が新しいコーヒーの味を知って美味しいと思うのに対し、男はあの味をもう一度と執着し続ける。コーヒーの味わい方と思い出の味わい方は似ているのかも。著者が、よく使い込んだ道具で、丁寧に挽き、ドリップしてくれた物語の数々は、どれもしみじみと深く味わい深い。ぜひ、テイスティングしてみてほしい。


似田貝大介
(イベント「怪談之怪with 幽」が『幽』の豪華執筆陣を招き京都で開催されます。詳しくはダ・ヴィンチ9月号P.197ページへ!)

自然と香りが漂うように
ほんのり色あせた思い出が甦る


コーヒーには魔力がある。学生時代、“ここに、文化がある”という宣伝文句に惹かれて東上野の小さな喫茶店でアルバイトをしていた。当時の私はコーヒーが苦手で、飲めばすぐに腹を下してしまうことが多かった。それでも休憩中には濃いコーヒーをブラックで飲み、ジャズの流れる店内でちょっと大人になった気分になる。月に一度の給料日、マスターは従業員への給料とともに毎月本をプレゼントしてくれた。コーヒーの香りを嗅ぐだけで沸き起こるほろ苦い物語。心のどこかに染みついた琥珀色の思い出を語るように描かれる本書から、著者の温もりが伝わってくる。途中に挿入されたエッセイもたまらない。コーヒーを飲みながらゆっくりと何度も読み返したい。


宮坂琢磨
(この長雨で地元が水没した)

コーヒーの苦み
生きることの苦み


コーヒーはビールよりも、大人の味だと思う。わかりやすい爽快感はなく、舌には、ほのかな酸味、渋味、そして苦味が残る。僕はいまだにコーヒーを楽しめない。『コーヒーもう一杯』はそんなコーヒーを味わうような物語ばかりだ。好きなウエイトレスに会いに喫茶店に行っても、ただ本を読むだけで、決して進展することはなく、いつかあきらめる時を待つだけの男。上京を決意させてくれた女の子との思い出を、何年経っても、コーヒーを飲みながら思い出す男。彼らの淹れる、また飲むコーヒーはきっと苦くて、渋くて酸っぱいのだ。でもそれは、懐古や羨望や嫉妬や安堵や、挙げ切れないほど複雑な思いで構成されている。言い知れない複雑な読後感はコーヒーに象徴される、物語のコクからきているのだろう。

イラスト/古屋あきさ

読者の声

連載に関しての御意見、書評を投稿いただけます。

投稿される場合は、弊社のプライバシーポリシーをご確認いただき、
同意のうえ、お問い合わせフォームにてお送りください。
プライバシーポリシーの確認

btn_vote_off.gif