2006年07月号 『夜の朝顔』 豊島ミホ

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/26

夜の朝顔

ハード : 発売元 : 集英社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:豊島 ミホ 価格:1,404円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2006年06月06日


『夜の朝顔』
 豊島ミホ 集英社 1365円

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 小学1年生のセンリは、お母さんの実家で、入り婿のお父さん、2歳年下のとても「からだが弱い」妹・チエミと暮らしている。
 センリはチエミに気兼ねしなければならなくて、なかなか遠くに遊びに行くことができない。ただ、親戚の洸兄が来たときは、洸兄のお姉さんのマリさんがチエミの面倒を見てくれるので、洸兄と遊ぶことができる。今年の夏休みも二人が遊びに来てくれたが、マリさんの様子と、彼女を見る親の目がこれまでと違うことにセンリは気づく……。
 小学1年生から6年生まで、子どもなりに周囲の機微を感じ取り、考え、変化していくセンリの姿を描く、連作短編集。

撮影/富永智子

としま・みほ●1982年、秋田県生まれ。『青空チェリー』で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。著書に『日傘のお兄さん』『檸檬のころ』など。


横里 隆

(本誌編集長。遂に本誌連載「オーイ♥メメントモリ」が単行本になりました! ダ・ヴィンチ7月号P.222には、しりあがりさんと私との酔っ払い対談も収録! ぜひ読んで、ぜひ買ってくださーい)

キラキラした子供時代にも、
雨は降るし、夜もある

ある日うちの編集部に、中学3年生の女の子が修学旅行途中に見学に来ることになった。聞くと、ひとりで来るという。驚いた。そして妄想した。きっと友達がいなくて、本の中だけが居場所なのだろう。もしかしたらイジメにもあっているかも……。そうだ彼女に言葉を贈ろう。「小・中学校の世界は息苦しいもの。でも負けないで。世界はもっと広いから大丈夫」と。果たして訪れた14歳は、日焼けした笑顔が可愛らしくて聡明で、「友達はたくさんいます」と笑う女の子だった。結局、件の言葉は贈らなかったが、ふと、自分の小・中学校時代は息苦しいものだったと気づかされた。本書に収録された「五月の虫歯」の中で、センリとアザミは雨宿りのためにすべり台の下に佇むが、そこは“子供”という名の小さな世界だ。そこを出て、ずぶ濡れになりながら歩く二人は、子供から大人への道を歩いているのに似ている。14歳に贈りそびれた言葉を、12歳のセンリに贈ろう。「その空がトーキョーにつながっているように、その道もオトナにつながっているから、大丈夫」と。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

ほろ苦さがうらやましい


小学校時代のことって、実はほとんど覚えていない。自分の中で封印したいのか、思い返すこともない。まあまあ優等生で成績もよく、先生との関係も決して悪くなかったのに、なぜあんなにつらくつまらなかったのだろう。自分ではもう一端の大人気分なのに、周囲は子ども扱いしかしてくれないし、何も決定権がない。とにかく早く大人になりたい、そう切望していた。だから、今までリアルな子ども時代を描いた作品にはあまり入り込めなかったけれど『夜の朝顔』にはキュンとした。豊島さんは「しこり」と書いているが、そんな「しこり」の中に、私も言葉にできない思い出をいくつか持っていたのではと思えたからだ。自分の中にずるさを認めながらも、センリはとっても自分を大事にしている気がした。


関口靖彦
(最近ハマっているマンガは瀧波ユカリさんの『臨死!!江古田ちゃん』。ブラックな生命力みなぎる4コマです)

懐かしい過去ではなく、
今の自分の根っこにあるもの


小学生時代には帰りたくない。女子のグループ分けが流動するのを横目に「女子は大変そうだなー」なんて言いながら、男子もぜんぜんラクではなかった。休み時間も授業中も、いつもお互いの力関係を測り、上下をわからせるためには腕力も使う。友だち、女子のまなざし、ビックリマンのシール……ほしいものをいかに手に入れるか。自分の中に欲望があることを知り、それを実現するのに必死で、剥き出しの気持ちをぶつけ合っていた。やがて年を経て、欲望は消えないが剥き出しにはしなくなった。大人だ。でもこの本を読んで、あの頃の欲望や、それが生む苦しみや孤独感が、今もあることを思い出す。剥き出しじゃないだけで、誰もが抱えている。この本は懐かしい過去ではなく、今の自分の根っこを見せてくれるのだ。


波多野公美
(ついにiPod購入! MDもデジカメも使いこなせなかったので、今度こそ革命を起こしたいです☆)

6年の時間が流れて、
少しずつ広がる世界がいとおしい


するすると自然に読むことができ、読後感もよかった。それくらい、自分がどんなタイプの小学生だったとしても思い当たるであろう「普遍的な誰にでも共通する気持ち」をすくいあげた作品だと思う。私が一番好きだったのは、センリが1年生のときのお話『入道雲が消えないように』。家族や親戚(のお兄さん)の存在がとても大きくて、喜怒哀楽すべての感情がそこから生まれる——という感覚を久しぶりに思い出して、懐かしい気持ちになりました。6年間のセンリの成長とともに、最後のお話『夜の朝顔』には気になる男の子が登場。クラスメイト、隣町の友人、先生、そして……少しずつ広がっていく世界は、時に哀しみも描かれているのに、なぜかとても美しく、いとおしく感じられた。装丁も品があって素敵。


飯田久美子

(第1回 ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞作、前川梓さんの『ようちゃんの夜』<ダ・ヴィンチ7月号P.169>、絶対に読んでください

小学生だって、だからこそ考える


運動会の朝、体操服を忘れたといってパジャマでやってきたムラカミくん、スズメをスーパーの袋に入れてきたヤマガタくん、ホームレスのおじさんを本当は大金持ちのおじさんの仮の姿ではないかと何時間も一緒に尾行したナカニシさん、参観日にみんなの前で本の朗読をしながらわたしの隣でおしっこをもらしてしまったスエくん、「こんなのあるんだよ」と『オリーブ』を見せてくれたヨシコちゃん、『レ・ミゼラブル』をまだ返してくれないカネダくん……。小学生時代のいろんな出来事やクラスメイトたちの顔が次々と、甦ってきた、とても鮮やかに。そして、ちっぽけかもしれないけど本人にとっては重大かつ深刻だった悩みや痛みも。主人公のセンリとわたしは全然違うのに。『だって星はめぐるから』がとくに大好きでした。


服部美穂
(新刊情報担当。GW進行を乗り切った途端にダウン。久々に出社したら、デスクが本で埋もれてました)

“ことば”を知らなかった頃

少女時代を振り返ると、寂しさやもどかしさといった、胸をきゅっと締めつけられるような感情も甦る。あの頃は今よりも、自分の感情に“ことば”を与えてあげることができなかった分、もやもやした思いがいつも渦巻いていたように思う。本書の主人公センリもまた、“小学生社会”の中で、変わりゆく人間関係にとまどい、自分の感情をもてあましながら日々を過ごしている。今、確かに自分は心を揺さぶられたのに、それが何なのか、どう言葉にすればいいのかわからない。やがて6年生になったセンリは、またも心揺さぶられる。だけど、胸がきゅっとするのは寂しいときだけじゃない。恋の切なさもまた胸をきゅっとさせることを知り、少女は成長するのだ。


似田貝大介
(只今『幽』5号の入稿、真っ盛り。今回はネコの怪談を特集します。『幽』怪談大賞の締め切りも間近ですよ)

子どもには、もう戻れません


学校という小さな社会で生きる小学生はどうしても周りを気にしなくてはならない。本作では“女子の社会”を中心に描かれるが、男子である私も身につまされる思いだった。高学年になると、クラスのイニシアチブは女子が執ることが多くなり、男子も“女子の社会”を気にしなければならなくなる。センリはその社会の輪からはみ出る勇気も入り込む勇気もない。それは大人の社会よりもはっきりとした境界があるからだと思う。多くのクラスメイトと同じく中心を遠巻きに見ながら境界の周辺を出たり入ったりして彷徨う。それは大人になってもあまり変わらないわけですが……とにかく、大人の脳みそを持ったまま子ども時代に戻る、なんて妄想はしたくなくなった。


宮坂琢磨
(ロボットって本当にいいものですね!)

今、思い出す子どもの頃


小学校の頃を思い出すと、本当にくだらない思い出しか出てこない。“一大事”が今と違っていたのだろう。この大人と子どもの価値観にはどうしようもない隔たりがある。『夜の朝顔』はそのままでは受け入れられない子どもの価値観を大人に向けて翻訳するという荒技を成し遂げた作品と思う。“周囲の険悪な雰囲気を感じること”や“子どもなりに理屈が通った動機”といった、当時は言葉にできていなかった掬いきれない感情を、大人になった今思い出させてくれる。だから、この作品を読んだ人は、忘れていた記憶を刺激されて、自分の子どもの頃をとめどなく思い出せるのだ。それは、このプラチナ本の各人の感想を読むだけでもよくわかるはず。


矢部雅子
(この本の進行全般とトクする20冊などを担当)

あの頃の私って結構エライ

小学生時代は思い出したくないことも多い。だけど6年生のセンリを描いた『夜の朝顔』はちょっといい記憶を甦らせてくれた。バスケの試合で好きな男の子からパスを受けて0度からシュートを決めた瞬間だ。パスがくると感じた瞬間からスローで体が勝手に動いて、その初めての感覚に嬉しいよりとにかくびっくりした。この本には瑞々しい感覚が甦る“初めて”が詰まってる。小学生は新入社員を6年やるよりもっと“初めて”に囲まれてる。出来事も気持ちも。それを小さな体で受け止めてぎゅっと詰め込んでる小学生ってスゴイ。タフでなきゃ子どもは務まらないのだ。そうだった自分を思い出したら、あの頃の通信簿が少しだけ上がった気がするかもしれません。


奈良葉子
(「ダ・ヴィンチブンゲイ」コーナーで、豊島さんの読切短編を掲載しています。ぜひぜひご覧ください!!)

リアルな匂いが心地いい


“リアル”って何だろう。それらしきものにふれるたび、なんかすごくしんどくなる。きっと大切なものなんだけど、重い荷物をしょわされたみたいで正直気がめいってしまう。そんなことを考えていた矢先、この本を読んだ。「あ、すごくリアルな匂い」って思った。それは小学生のセンリや彼女にかかわる人たちが作りだす、時に気まずく、時にやるせない、そんなちょっと不穏な空気の中に漂っている。単純にノスタルジックな幸福感に浸れるような、甘やかな匂いではない。だけど何でだろう、嫌じゃない。むしろすごく心地いいのだ。これからきっと私は、ことあるごとにこの匂いをポケットから取り出しては、くんくん嗅ぎながら生きていくような気がする。

イラスト/古屋あきさ

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