2006年06月号 『安徳天皇漂海記』 宇月原晴明

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/26

安徳天皇漂海記

ハード : 発売元 : 中央公論新社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp
著者名:宇月原 晴明 価格:1,995円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2006年05月06日


『安徳天皇漂海記』
 宇月原晴明 中央公論新社 1995円

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 壇ノ浦の戦より26年。12歳にして征夷大将軍に任ぜられた源実朝は、都を騒がす“天竺の冠者”と名乗る男に導かれ、江ノ島に赴く。そこには壇ノ浦で入水したはずの安徳天皇が、琥珀色の不思議な球体の中に封じられていた。安徳天皇の荒ぶる御霊が、この国に争乱と災いをもたらすことを感じた実朝は、御霊を鎮めるため、安徳天皇を洋上に送り出そうとするが……。
 決意と自身の無力さの狭間で煩悶する実朝が、その近習の目から描かれる第一部と、洋上に出た安徳天皇と宋の滅亡を、マルコ・ポーロの目から描く第二部の2部構成の物語。
 歴史的な事実をベースに、安徳天皇という荒ぶる魂の救済を描く壮大な歴史ファンタジー。

撮影/石井孝典

うつきばら・はるあき●1963年、岡山県生まれ。99年、『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。『聚楽 太閤の錬金窟(グロッタ)』で山本周五郎賞候補になる。他の作品に『黎明に叛くもの』がある。


横里 隆

(本誌編集長。「恨み」の果てには「安らぎ」が待っていてほしいし、厳しい仕事を成し遂げた後には甘露のひとときが待っていなければいけません。何事も流転しながら熟していきたい)

愛して、恨み、求めて、恨み、
漂い流れる安徳天皇の冒険譚

いちばん強い感情は「恨み」なのかもしれない。平城京、長岡京、平安京と、変遷した古(いにしえ)の都は、葬った政敵の「恨み」が「呪い」となって我が身に降りかかるのを怖れた指導者たちが遷都し、新たに守護を施した場合が多かった。「恨み」への怖れ。それは現代に生きる我々も同じだ。このネガティブの極みである「恨み」の感情が何よりも強いのは、ポジティブな感情である「愛」や「信頼」から発生しているからだろう。例えば、愛する者の命を何者かに奪われたとしたら、その何者かへの「恨み」は、どこまでも深いだろうし、例えば、愛する相手にひどい裏切られ方をされたとしたら、その相手への「恨み」は、果てなく暗いだろう。そう、人は愛しているから恨むのだ。求めているから哀しむのだ。すなわち究極のネガは、究極のポジと表裏で、多くの場合、愛する人は恨む人なのだ。だからきっと、熟成した「恨み」が溶けた後は「愛」が露出するのだろう。本書は、そうした強い感情に執拗に囚われた安徳天皇が、どのようにその身と心を漂わせ、昇華していくか、がテーマとなっている。その一方で、物語後半は傑作冒険小説としての魅力にも満ち満ちている。豊潤な物語世界を堪能あれ。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

儚く塵となって散ることの、
なんという幸せだろう


その構成力に驚き、語り口に魅了され、ストーリーに酔った。このような壮大な歴史幻想小説を読むと、著者はいったいどこからこの物語を思いつき、どのように紡いでいったのか、まず知りたくなる。源実朝、彼の生涯を語る近習者、安徳天皇と南宋の少年皇帝、マルコ・ポーロ、クビライ・カーン……。史実という縦糸と強靭な想像力という横糸を使って織り上げられた美しい布。この布がとりわけあでやかなのは、悲運ではあったけれど、将軍、帝たちの物語であり、彼らの気品と気高さが通底しているからだろうか。歴史小説を読むとき、私たちはしばしば神の視点に立つけれど、本作ほど散っていく命を羨ましいと思ったことはない。


関口靖彦
(ダ・ヴィンチ増刊の怪談専門誌『幽』第5号、6月発売に向けて鋭意準備中であります)

時空を越え海を越え、物語は
われわれを異界へと導く


伝奇! この心躍る言葉を思い出してうれしくなった。歴史とは、現在の視点から過去を編んでいく作業、つまりそもそも“物語”を紡ぐ作業だ。そして逆に、壇ノ浦の合戦という誰もが知る“歴史”から、目眩めく“物語”を紡ぎ出してくれるのが本書なのだ。現代の日常生活を描いた小説とちがって、最初は読みにくく感じるかもしれない。だがそれは時空を越えて跳ぶためのG。いったん向こう側へとたどりつけば、あとは文字どおり夢中で読めるはずだ。また、タイトルに漂海記とあるとおり、本書は海を越えていく物語でもある。自分の足元から遠く異界へとつながる海のイメージは、日本に住むわれわれ読者の想像力を、根元から揺さぶってくれる。


波多野公美
(綾辻行人さん+有栖川有栖さん原作の推理ドラマDVD『安楽椅子探偵と笛吹家の一族』が発売! お二人からの挑戦、ぜひ受けてください)

幻想歴史ファンタジーの
おもしろさを思い出させてくれた


10代のころ普通に読んでいたファンタジー、SF、幻想ものから、大人になって、なぜ遠ざかってしまったのだろう(実際、そういう人は多いのではないかと思う)。映像でそういった作品を見るのは、今も変わらず好きなのに……。そんな、ジャンルに不案内な私を、幻想の歴史世界へ見事に引き込んでしまうおもしろさがこの作品にはあった。ラスト近くの海戦シーンでは、それまで積み重ねられてきたエピソードが胸に迫り、号泣してしまったほど。読み慣れていないと、最初は少し読みづらく感じるかもしれないけれど、ぜひ最後まで読み通してほしい。幻想の美しい歴史が、きっとあなたの胸をも打つと思うから。


飯田久美子

(ダ・ヴィンチ文学賞決まりました。作品は来月ですが、受賞者インタビューは載ってます!)

実朝って誰?
というあなたにも


源って、義経と頼朝以外にもいるの? というくらい日本史に詳しくないし、幻想文学もあまり読んだことない。正直、読み通せないと思ったけれど、読み始めると、意外に語り口がスンナリと入ってきた。特に第2部のマルコ・ポーロ篇は楽しかった。そして、カーンはマルコの語ることを信じないだろう。「廃されたことも、流されたことも、捨てられたこともないから」というところが心に沁みた。流され、捨てられたものにだけ、わかる想いがあるのだと。前半飛ばし気味にでもとにかく読んで、後半を読み、そしてもう1度前半から通して読むのをおすすめします。


似田貝大介

(第1回『幽』怪談文学賞の特別選考委員に高橋葉介氏と岩井志麻子氏の参加が決まりました)

目も眩むほどの見事な色彩に
昂りと安らぎを感じた

とにかくこの物語に描かれた色模様に心を惹かれる。源氏最後の将軍である源実朝の和歌に合わせて展開する第一部は、実朝と安徳天皇との運命を日本の伝統的な色調で描かれる。安徳天皇の無垢な魂ゆえの想いは荒御魂となり山鳩色の御衣と琥珀色の神器に身を包み、実朝が散る鶴岡八幡宮に降る雪が漆黒の闇夜を映し出す。第二部、蜜となった実朝の墓を彩る思い出草の淡い紫苑から次第に眩暈がするような南方の極彩色へ移り変わり、文字を追う両目に容赦なく飛び込んでくる。緋色の水晶、翡翠のガラス玉、瑠璃色の海、白磁の砂浜、そして琥珀色の蜜——ラストにかけて押しよせる色彩の洪水に押し流されないよう必死に読んだ。


宮坂琢磨
(『幽』怪談文学賞の短編部門の締め切り日まで残りわずか。長編部門もお待ちしていますぞ!)

力なき王の哀しみに
同調して泣く


この物語のテーマである安徳天皇の魂の救済は、二人の王の物語によって装飾されている。その一人、源実朝は簒奪者の統領である。眠れる安徳天皇を目の当たりにし、彼は多くの人間の血によって完成した征夷大将軍の地位と、だからこそ負わなければいけない責務との狭間で苦しむ。この心情を、実朝ではなく、彼を慕う近習の視点で語ることで、儚き王が、あたかもすぐそこにある絵に描かれているかのようなリアリティを感じさせる。尊敬と憐憫と友情と愛情が入り交じった臣下の視点は哀しくて、どうしようもない歴史の流れに翻弄される二人に過剰に感情移入してしまう。遙か外海に思いを馳せる実朝とその後ろ姿を見つめる臣下に涙したとき、確かに僕は、その場にいるのだ。

イラスト/古屋あきさ

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