2005年11月号 『沼地のある森を抜けて』 梨木香歩

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/26

沼地のある森を抜けて

ハード : 発売元 : 新潮社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:梨木香歩 価格:1,890円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2005年10月06日


『沼地のある森を抜けて』 梨木 香歩 新潮社 1890円

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会社の研究室に務めて久美が、亡くなった叔母から受け継いだのは、マンションと“ぬか床”だった。うめき声をあげる奇妙なぬか床を不気味に思いつつ、いつものようにかき混ぜていると、なぜか中から3つの青い卵が現れる。やがて一つの卵から孵ったのは、小学校の時に死んだはずの少年、光彦だった……。ぬか床から起こる奇妙な事象の謎を解くため、久美は、ぬか床のもととなったという土がある、先祖の住んでいた島の、沼に向かうのだが……。
 “女”を捨てたと自称する久美が覗く物語は、ぬか床から始まり、やがて生命の発祥と滅亡にまで大きく広がっていく。
著者渾身の長編。

なしき・かほ●1959年鹿児島県生まれ。『西の魔女が死んだ』で第28回日本児童文学者協会新人賞、第13回新美南吉文学賞、第44回小学館文学賞を受賞。『裏庭』で第1回児童文学ファンタジー大賞を受賞する。ほかの著作に『家守綺』、『ぐるりのこと』など。


横里 隆
(本誌編集長。今年は夏バテに体調不良と周囲に迷惑をかけまくってしまった。やっと復調してきたので秋の味覚を堪能するゾ!って違うか)

細胞膜により孤独は生まれその膜を破り命は生まれる


「あなたも私もポッキー♪」と歌い踊るCM が好きだ。妻夫木聡がお見合いの場の緊張感を一転させ、相手の家族ともども渾然一体となって踊る展開は異様ながらも心惹かれる。この魅力は、他者との壁を“歌”や“踊り”によって破り去り、互いに融和していくところにある。いわゆる“歌垣”である。本書では、菌であったり細胞であったり、極小世界の“命”たちが、“生きること”“生まれること”を希求していく様が描かれるが、その中に次のような一文がある。「細胞膜。(中略)膜、というのは、そもそも、何という発明なのだろう。(中略)膜。壁。ウォール。それは内と外を隔て、内と外を作る。自己と他者を作る。外界と内界を作る」と。ああそうか、細胞膜ができた時点で僕たちは自己を獲得し、ゆえに他者と隔てられたのだ。そして、その厚いウォールを破って他者と、世界と、交わっていく冒険的行為を義務づけられたのだ。冒頭の“歌垣”しかり、本書の“命のほとばしり(白い閃光)”しかり。あなたと私の境界が溶解してこそ新たな生命は生まれる。この物語は幻想性を借りながら、連なってゆく命のいとおしさを美しく謳いあげている。


稲子美砂
(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

人間というよりも命としての自分を思う


この本の不思議な読後感は説明するのがなかなか難しい。家宝として引き取ったぬか床から卵が湧いてくるなんて、まるでホラーかファンタジーのような設定。でも主人公・久美の日常はきわめてリアルで、彼女の淡々とした物言いを聞いていると、「そんなこともあるかもしれない」と思えてくる。妊娠した友人が子供を産むために変化していく自分の身体を見て「自分が動物だってことを実感する」と語っていたが、本書は自分が一個の生命体だってことを実感させてくれる本と言ったらいいだろうか。ストーリーが思いもよらない方向に紡がれていくので、梨木さんは実際にぬか床をかき混ぜながら物語を発酵させていったのかも……そんな気もする。ミクロな世界の息遣いに触れると、星空を眺めるように自分の存在にも謙虚に寛大になれるのだなあと思った。


岸本亜紀
(本誌副編集長。もう産休に入っているにもかかわらず、『セイちゃん2』『愛の履歴書』が校了せず、毎日出社……。11月には新しい家族が一人増える予定)

母から娘へ、祖母から孫娘へつないでいく命の物語


本作品は梨木さんの初期の作品『からくりからくさ』に連なる物語で、先祖の墓がある島や、発酵や蛾、沼といった重要なモチーフがリンクして描かれている。私がこのシリーズを好きなのは、“化け物が出てくるぬか床”や“人形とコミュニケーションできる主人公”とか、世間では一般的にオカルト的と思われることを生活の軸にすえて暮らしているにもかかわらず、実はそれこそが、先祖代々が継承してきた地に足をつけた暮らしであり、女性が命を運んできた軌跡であるということを主人公がしっかり認識しているところだ。命はエネルギーであり、自己増殖し、破壊しながらも、つながろうと生き延びようとしていくのだということを教えられる。本当に大事なことは、どんどん忘れてしまうのだ。本書を機に、本来自分があるべき場所はどこなのかを思い出し、命のダイナミズムや存在の奇跡をじっくり味わってもらいたいと思う。


関口靖彦
(毎回楽しみにしていたモリタイシさんのマンガ『いでじゅう!』が13巻で完結……。たくさん笑えて時々泣ける、いい作品でした)

この世に生み出され、そして生み残すということ


子どもを作るということを、きちんと考えないまま早31歳。そんな私に、生き物が生み出され、そして生み残していくことのエネルギーを、まざまざと見せてくれたのがこの本だ。「ぬか床」から卵が生じ、卵から人が生まれるという突飛な設定から物語はスタート。SFあるいは幻想小説の手法で、現実にはありえない出来事が続々と描かれていく。それなのに、「子どもを作る」というリアル中のリアル、生き物にとっていちばん生々しい衝動が、まっすぐに突き刺さってくるのだ。本書を読んで、子ども作ろう!と思うかどうかは人によるだろう。でも、結論はともかく、大事なのにふだん流しがちな問題を、きちんと感じて考えられる貴重な機会だ。


波多野公美
(『月館の殺人』→『鉄子の旅』と愛読し、『夜回り先生』の記事を編集。すごくIKKIな1カ月でした(笑)。テツさんの世界にも興味が☆)

真っ向勝負の真剣小説!
梨木さんに敬意を……


まずは、誠実に真剣に「生命」というテーマに取り組んだ著者に敬意を表したい。私も、なまなかな気持ちではこの物語世界を旅できないと思い、迷わないよう、見失わないよう、一語一語必死で読み進んだ。描かれるのは、もはや人間の生命に留まらない。人間を含む「生物の目指しているもの」が何なのかを、著者は描こうとする。長い物語の最後、生命の「壮絶な孤独」を知覚しながら、「だいじょうぶ、(中略)道はあるはず」と久美は感じる。風野は新しい命に対して、「まったく世界でただ一つの、存在なのだから」「解き放たれてあれ」と望む。壮大なテーマに対して著者が出したその答えのあたたかさ、懐の深さに心を打たれた。


飯田久美子
(特集「それでも出版社で働きますか?」は出版に携わる様々なリアル“働きマン”たちが登場しています。求人情報も掲載してるので、出版社の仕事に興味のある人は必見ですよ)

生きてることはすごいこと


ぬか床から卵が生まれ、卵から少年が! しかもその少年は小学生のときに死んだ幼なじみの少年だった! なんて楽しい話かと思った。静かだけど、楽しい話。生命の発祥にまでさかのぼる壮大な物語の中で、1つ1つの生命は生きている。わたしもあなたも。そのことにわくわくした。「子どもを作らなきゃいけないってことなの?」という感想をもらした人もいたけれど、わたしは自分の生命を愛おしく思った。というと自分好きみたいだろうか。でも淋しくても、苦しくても、生きてることそれ自体を愛おしく思えたこととても幸せな読書だった。はオカルトっぽい話は苦手だけど、でも抵抗なく読めました。


宮坂琢磨
(同じ菌モノだと『イブニング』(講談社)で連載中のマンガ『もやしもん』も面白い)

全ての繋がりを教えてくれる大いなる生命賛歌


ぬか床から現れた3つの卵という、可笑しくさえある奇妙な出来事から、ゆっくりゆっくりと物語が動きはじめるのは、壮大なテーマを大上段に感じさせず心地よかった。“生命”という大きな主題を、例えば粘菌から、例えば女・男を捨てたと自称する人から、様々な視点で語られる。それらは繋がりあい、さらに物語を超えて読者の現実にもリンクしてゆく。僕たちは、数々の植物や原生動物や恐竜などの生き物の歴史、ご先祖の歴史の先端に存在する。誰かのために生まれてくるわけでも生きなきゃいけないわけでもない孤独な存在。だけど根元で宇宙につながってることを教えてくれる、優しい優しい物語だ。

イラスト/古屋あきさ

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