2005年08月号 『私という運命について』 白石 一文

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/26

私という運命について

ハード : 発売元 : 角川書店
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp
著者名:白石 一文 価格:1,680円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2005年07月06日


『私という運命について』 白石一文 角川書店 1680円

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 冬木亜紀という女性の29歳から40歳までの出来事を追った4編の書き下ろし。「雪の手紙」での亜紀は、結婚式の招待状の前で逡巡する29歳。以前付き合っていた男性が自分の後輩と結婚することになった。大手メーカーに勤務する彼女は、何故、彼のプロポーズを受けなかったかを考えながら、別れる際に彼の母親から届いた手紙を読みなおすことに決めた。そこに書かれていたものは……。
「黄葉の手紙」の亜紀は33歳。博多に転勤し、年下のデザイナーと結婚を前提に付き合っている。お互いに運命の存在に出会ったと思い順調に関係を重ねていたが、そんな二人の前にある事件が起きるのだが……。
1993年から2005年の世相を物語の構成に織り込みながら、紆余曲折をくりかえしつつも、自身の運命を見極め、受け入れていく女性が描かれる。

しらいし・かずふみ●1958年、福岡市生まれ。早稲田大学卒業後、大手出版社に勤務。2000年に発表した『一瞬の光』で作家デビュー。その後、『不自由な心』『すぐそばの彼方』『僕のなかの壊れていない部分』『見えないドアと鶴の空』など続々と話題作を発表しつづけている。


横里 隆
(本誌編集長。最近、とみに酒に呑まれるようになってしまい粗相が増えた。決まって何かつらいことでもあったのですか?と聞かれるので、はいと答えて呑んでいる)

選択する不自由と、運命を受け入れる自由の狭間で


ぐんぐん自由になっていくように感じた20歳の頃。高校までの息苦しい教育システムから解放され、世間もバブル景気に向かって浮かれていた時代。ユーミンやサザンを聴いてはスマートで貪欲な恋に憧れていた。自分の価値と未来は自ら選び取るものだと信じ、それが何より自由を獲得することなのだと思っていた。しかし今思えば、その自由は、ただただ選択肢の数が増えた(ように見えていた)に過ぎなかったのではないか。そして、その選択すら自らの意思で行っていたかどうか怪しくなってくる。本書の主人公・亜紀とは同年代であり、彼女の思考の背景と軌跡はそのまま自分の価値観の変遷と重なる。生きるとは何かという問いに対し、「意思を持った選択で人生を切り開くこと」と「思い込みの選択をせずに運命に身を任せ人生を受け入れること」という対立する答えが示されるが、その間で揺れ惑う亜紀はそのまんま僕だ。こうした思弁的な問いを提示しつつ、しっかりとドラマを成立させ、尚かつ読者を泣かせてしまうのだから見事としかいいようがない。冬木沙織の手紙にはまいった。泣きましたとも。


稲子美砂
(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

「運命」なんて、あまり考えてこなかった人に


読み始めた途端に引き込まれ、息つく間もなく読まされてしまった。冒頭は男性の語り?と錯覚させられるが、それも著者の意図したところだと思う。私も主人公の亜紀とは同年代。亜紀と同じ年に就職して比較的恵まれた会社員人生を送ってきた。ただ、亜紀と違うのは、結婚とか出産とか身近な人の死とか、自分の人生を考えるような転機があまりなかったこと。でも、そんな私でさえ、亜紀に訪れるさまざまな出来事は我がことのように心に響いてくる。「運命」についてはあまり考えてこなかったけれど、社会人をしていると日々さまざまな「選択」を迫られるし、自分の力ではどうにもならないということにもぶつかる。そんなときにどう考えたらいいのか、戸惑いを共有できる一冊だと思う。亜紀が女性的な女性として描かれていないので、男性も違和感なく読めるはず。笑ってしまったのは、仕事のストレスで眉が真っ白になってしまったときの彼女の対応。私もまったく同じことをするだろう。


岸本亜紀
(夏は怪談で多忙だ!『新耳袋』第十夜、怪談専門誌『幽』ともに絶賛発売中)

運命は決まっていたとしても、命の尊さに感動した号泣本


この本を読んで、偶然の一致の連続にハラハラした。主人公の名前や年代、属性は私と一緒だし、実母の名前も一緒。亜紀の結婚相手の名前は、昔の恋人の名前。新潟地震のとき、私は小さな命を失った……。こういう符号は言い出したらキリがないが、本書はそういう小さい部分から運命論的に私をこの本に引きずり込んでいった。妙にリアル。物語を牽引する力は、主人公は幸せになれるのか?ということ。幸せとは誰が決めるものなのか?競争社会を生き抜いた女子たちの幸福と不幸。最後の最後のシーンで、その怪談的な展開にびっくりしつつ、感動して泣いた。運命という暴力に対する諦念と、そこに生きる命のはかなくも輝きをもった尊い存在に。


中村智津子
(メディア企画担当=営業担当です。毎年この時期に「ダイエットしよう!」と決心します。が、実現ならず……。今年こそ、頑張ります)

女の選択(恋愛・結婚〜)時、“運命”と“直観”が決め手?!


私には、今まで“運命”が見えたか? また、“運命”が見えず、また見ようともしてなかっただろうか? 激しく鮮烈な“運命”だけを望み続けていたのではないだろうか?さりげない静かな“運命”に気付き、受け入れるだけで足らず、めぐりあったそれを我が手に掴み取り、必死の思いで守り通してこそ初めて自らのものとなる。——愛してくれる人を愛すことと、愛している人に愛されることと、これはどこが違うのか?——女の幸せとは何だろう? 運命とは? 直観とは? と考えさせられました。ぜひ、映像化して欲しい作品です。


波多野公美
(今後の企画のためヨガと女子マンガをチェックする日々。
女子におすすめのマンガがあったら教えてください!)

女の幸せとは何だろう?亜紀の見つけた答えは……


亜紀の29歳から40歳までの人生に、とても現実感があった。自分とは違うタイプの女性なのに、まるで亜紀が同僚や知り合いであるような親近感を感じてしまうほど、亜紀の運命に引き込まれて読み進んだ。実際に起こった事件やできごとが、小説の中でも普通に語られたり、亜紀の運命に影響を与えたりするところもリアリティの増幅に一役買っていたと思う。長い夏がつづき、さらに長い収穫期である秋のあと、短い冬を経て死んでしまう男に比べて、30代後半から長い長い冬の暮らしに耐えなくてはならない女。そんな女の幸せとは何だろう? という問いに、亜紀なりの答えを見つけていたところも好感が持てた。


飯田久美子
(炭水化物ぬきダイエット中。主食のじゃがりこが食べられないのがつらいです)

何かを言わずにいられない


「“バブルの時代の人”の話かぁ」と思いながら、読み始めた。読み進めても、主人公の亜紀にちっとも共感できない。自分の「選択」の結果を「運命」のせいにして後悔ばかりしているような気がしたから。別れた恋人が結婚したとき、結婚を考えていた恋人が過ちを犯したとき、仕事に迷ったとき——。亜紀が人生の大きな選択に直面し思いを巡らせるたび、「それはないんじゃないの」「こうすればいいのに」とムキになってつぶやかずにはいられなかった。お友だちと話しているみたいに。全然共感できない人だと思っていたのに、気がつけば引き込まれていたようだ。


宮坂琢磨
(体調を崩してダイエット成功。嬉しいの嬉しくないのって、なんかそれ、ちょっと違う)

間違えた選択など何一つ無い回り道もまた運命


正直、この作品の主人公、亜紀の生き方、考え方に共感できなかった。乱暴に言ってしまえば、ジェネレーションギャップなのだろうな、と思う。しかし、亜紀の人格への共感はなくとも、彼女の出会う数々の出来事、それぞれの選択と結果のドラマは、運命の存在を強く感じさせるダイナミズムに溢れている。それは作中にはこんな言葉に象徴される。「選べなかった未来はどこにもない。未来など何一つ決まってはいない」つまり、そこには選択だけがある、と。誰かから受け継ぐ自分の運命、そして自分から誰かに手渡す運命を実感し、そう言い切れる女性のどっしりとした強さにしびれた。

『ポーの話』
いしいしんじ 新潮社 1890円

大きな泥川に貫かれ、縦横に水路が走る街。川の上流には、うなぎ女たちが、うなぎを捕って暮らしていた。ある日うなぎ女のひとりが、突然に産み落とした少年がポー。彼は人並み外れて長く息を止めることができ、手には水かきがあった。あらゆる価値観を解さない彼は、「たいせつ」とは「罪」とはどういうことか、さまざまな人に尋ねながら川を下っていく。


関口靖彦
泥川みたいな世界を濾過せず汲み上げる
 物語とは、混沌とした世界を切り取る装置だ。ここで言う物語とは、小説という狭い意味ではない。人が、自分に起きた出来事や、見聞きした物事を解釈するときに用いる「こうだから、こうなった」という筋書きのことである。泥川のように混沌とした世界は、その人なりのフィルターで濾され、水道水のような物語になる。安心して飲むことができ、すっきりと見通せる。だがそれはもう、世界そのものではない。
 本書は、世界という泥川を、物語に濾過せずに泥水のまま掬い取ろうとする試みだと思う。出来事を「うれしい/かなしい」に整理しない。人を「敵/味方」に整理しない。関係を「勝ち/負け」に整理しない。生き死にを「始まり/終わり」に整理しない。世界を「善/悪」に整理しない。濃やかな描写力は現代小説のものだが、混沌をそのまま定着させた書として、神話にも似ている。こんな本はほんとうに稀有だから、ぜひ一読を。

イラスト/古屋あきさ

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