今月のプラチナ本 2013年6月号『重版出来(じゅうはんしゅったい)』 松田奈緒子

今月のプラチナ本

公開日:2013/5/7

重版出来! 1 (ビッグコミックス)

ハード : 発売元 : 小学館
ジャンル:コミック 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:松田奈緒子 価格:596円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『重版出来!(じゅうはんしゅったい)』(1巻) 松田奈緒子

●あらすじ●

子どもの頃から柔道一筋で、稀に見る運と集中力を持つ、黒沢心(こころ)。女子柔道の日本代表だった心は、ケガでオリンピックをあきらめ人生の目標を見失っていたが、柔道と同じように心を熱くしていたものが漫画だったことに気づく。そんな心が20社近くの就職活動を経て運よく入社したのは、人気漫画雑誌『週刊バイブス』を抱える大手出版社。漫画編集者として作品に関わる人々の想いに触れ、心は、奮闘しながらも仕事に熱い情熱を傾けていく。一冊の漫画単行本の誕生に関わる作る人から売る人までのドラマを描く、松田奈緒子の注目作!

まつだ・なおこ●マンガ家。アシスタント生活7年後に雑誌『コーラス』でデビュー。代表作に『レタスバーガープリーズ.OK,OK!』『少女漫画』『えへん、龍之介。』などがある。現在、『月刊!スピリッツ』で『重版出来!』を連載中。

小学館ビッグコミックス 580円
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

 

不条理を乗り越える仕事

読むと涙ぐんで、燃えて、元気になる。このマンガ、面白い! そんな単純で率直な感想が、胸に残った。だがもちろん、マンガを生み出し、世に知らしめ、売っていく過程は単純ではない。作家、編集、営業、経営陣、すべての力が有機的に組み合わさり、それぞれに知恵をしぼり行動を起こして、はじめてひとつの傑作が世間に広まっていく(傑作を作るだけでも大変なのに、それを広めるためには、さらに大きなハードルを越えなければならない)。本作が絵空事のサクセス・ストーリーになっていないのは、努力を重ねて重版出来に至る物語のあちこちに、そう出来なかった者たちの影がちりばめられているからだ。努力を放棄した者、努力してもたどりつけなかった者。社長が語る“運”が、あらゆる仕事にからみついていて、真面目に努力するだけではかなわないのだ。仕事の、さらに言えばこの世の不条理をしっかり踏まえたうえで、本作は前に進もうとしている。

関口靖彦本誌編集長。ビッグスピリッツコミックスでこの内容、『編集王』を思い出す。マンボ好塚先生のエピソード、何度読み返したかわかりません。今も書棚の最上段に!

 

売れたんじゃない。売ったんだ。

「漫画は、おもしろくても売れるとは限らない。売れそうな作品がイマイチだったり、無理そうな作品がヒットしたり、なんでそうなのかわからない―わからないから、売るのはおもしろいんだ」。本書では、「漫画は」となっているが、「本は」と置き換えてもいいと思う。出版社で雑誌や本を作っていると、この「わからない」はまさしく実感で、無名の新人作家の新刊でもいきなりベストセラーになることがある。でも、それは何もしないで売れたのではなく、売りたいという人が仕掛けた結果なのだ。『重版出来!』では、営業の岡課長が『たんぽぽ鉄道』を売り伸ばそうと、この作品ならではの戦略で書店に仕掛けていく。営業マンから書店員への熱意の連鎖が売り場の確保、重版につながっていくさまは、出版関係者でなくとも胸が熱くなること必至。営業の小泉くんが自分の言葉で周りが変わっていくおもしろさに気づき、仕事に前のめりになる様子もすごくいい。

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黒沢の今後から目が離せない!

いいなぁ、重版出来。私もその言葉を日々望んでいます(笑)。しかもこの本の主人公の新入社員である黒沢心。欲しい! こういう体力あって愛嬌あって度胸あって素直で可愛がられて精神的に強くて、そしてちゃんと本を読んでいる。こんなスーパー新人がいたら絶対欲しいよ〜。社内の壁新聞に「チームで売る」とキャッチがついていた。編集は一人で本を作っているんじゃなくて、いろんな人々の力を借りて作っている。一人ひとりができる仕事をめいっぱいしながら、結果、誰かの何かが突破口となり、世の中を動かすことになる。私は知っている、その喜びを!と漫画を読んでじんわり。そういう体験が1回でもできると仕事って楽しくなるんだよね〜。この先、黒沢はスランプになったり、恋したり、結婚・出産したりといろんな転換期を体験するだろう。どのように乗り越えていくのか、今後も目を離さず、彼女の成長を応援したくなる一冊。

岸本亜紀コワくて愉しい文芸誌『Mei(冥)』2号、ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン特集、発売中!8月刊行予定のつばさ文庫、新シリーズ始まります

 

働くことの面白さも詰まった本

十数年出版業界で働いていて、つくづく思う。面白い本というのは、本当に、たくさん、ある。面白い本は、新旧問わずたくさんあるし、自分が手がけた本はもちろん、そうでない本もみんなに読んでほしいと思う。だが、一冊の本を売れる本にするのは、とてもとても大変だ。なんでこんなにいい本が売れないのかと悔しい思いをしたことも、何度もある。だから作中、書店店頭のディスプレイ写真を見た、マンガ家と担当編集者が涙するシーンには、私も泣いた。今思いだしても泣ける。そしてはっとしたのが「ひとつだけハッキリ言えるのは―売れる漫画は愛されてます。」という女性書店員さんの言葉。今までにたくさんの書店員さんに会ったが、彼らは本好きの少年少女がそのまま大人になったような顔で、この本を売りたいんです、と語る。そのたびに私はこの人たちが本を売ってくれているんだと感動するし、励まされる。本書に登場する人々は、実在するのだ。

服部美穂ジュンク堂西宮店での『本当の大人の作法』内田樹×名越康文×橋口いくよ出版記念トークイベントは盛況のうちに終了。東京の書店でも実施予定。お楽しみに!!

 

甘美な響き……

私も編集者なので、たまに感じることがある。“たまに”ではなく頻繁に感じたいわけだが……それは「重版出来」の幸せだ。自分もふくめた皆が幸福を味わえる瞬間であり、ひと言ですべてが報われた気持ちになる。黒沢心は底抜けに明るくて力強く、愚直である。それがいいと思う。作品を書く作家と、本を売る営業や書店と手を繋ぎ、初めて挑んだチーム戦で見事勝利するラストにうるっときてしまった。ひとりひとりの小さな力が、本を作るんだと、改めて教えられた。

似田貝大介水木しげる特集を担当しました。ご協力いただいた皆様の熱い想いが誌面に炸裂しています。幸福に満ちた編集作業でした

 

隠れた名言も楽しい、滋養マンガ

主人公の「心」が、真っ直ぐで爽快である。柔道家の心、精力善用、自他共栄(「相手を尊敬し社会に貢献して生きる」という柔道用語らしい)―がモットーの彼女は、素直で元気で清々しい。好きなものに情熱を保ちながら全力で突き進むことは簡単なようで難しい(と思う)。だからこそ真正面のハードルを軽々と飛び越える彼女に、気持ちが洗われるのだ。マンガを愛する想いが繋ぐチーム戦の妙味、そこに関わる人たちの熱いドラマ。隠れた名言も楽しい、滋養のつく一冊。

重信裕加4月下旬なのにまだまだ花粉と奮闘中。養命酒が良いと聞いたが、この歳で薬用酒を飲む自分を想像したら哀しくなりました……

 

自分の仕事を楽しむために

いままさにオードリー若林さんの初エッセイ本を作っているので、“チーム戦”という言葉に共感しまくった。著者の熱意、営業のひらめき、書店員のアンテナ……。新米編集者・黒沢の勢いが周りを巻き込み、ひとつの作品を押し上げていく。こんなチーム最高だ! と読みながら思ったけれど、新人の力強さをうらやましがっている場合じゃない、と我に返った。仕事を楽しいと感じるか感じないか。「売れる漫画は愛されてます。」という言葉にすべてが詰まっている。

鎌野静華オードリー若林さんの初エッセイ『社会人大学人見知り学部 卒業見込』5月17日発売。いろんな人に読んでもらいたいです!

 

気持ちが明るくなるマンガ

出版業界の裏側、本を売る営業努力を描いたお仕事マンガ、ドキュメント風の物語としてもぐっと来るけれど、話の見せ方のメリハリや、読んでいてノリやすいキャラ配置等々、マンガとしての演出が効いているところが好き。社長の「本が私を人間にしてくれたからです。」の見開きは、おののき、笑い、このやりきり方に感動し、気持ちが明るくなりました。“マンガのいいところ”が幾層にも込められ、コマから溢れ出し読み手を笑顔にしてくれる、手練の作品だと思います。

岩橋真実安曇潤平さんの「山の霊異記」シリーズ第2弾『黒い遭難碑』が文庫化しました。山を愛する著者ならではの山岳怪談実話をぜひ!

 

出版界に元気を発信!

いま最高に応援したいマンガ! それはこの『重版出来!』が頑張る人を応援する気持ちであふれているから。読んでいてとにかく元気をもらったし、いつの間にかこの本に関わったであろう小学館の皆さんの姿がありありと浮かんできて、まだ見ぬ彼らとの一体感さえ感じた。それだけ本作で描かれている出版社や書店は、そこで働く人間まで含めてリアルで、お仕事マンガとして、オフィス群像劇として、新入社員黒沢の成長物語として、広く楽しめる作品になっています!

川戸崇央学生時代に『編集王』を読んで「編集者にだけはならないだろうな……」と思っていたことを本作を読んで思い出しました

 

仕事は世界を変える

先月まで書籍を製作し、まさに今「売れるようにするには?」を考えている時期。校了が終わったのに、何でこんなに帰れないんだろう?と嘆きつつ、沢山の方に本を読んでもらうには、諦めたらそこで終わりだ、と踏ん張っている。本作は出版社の裏側を描いたリアルお仕事マンガ。後半登場する営業マンへの上司の言葉に、思わず襟を正す。「全力で仕事をしたら自分のまわりの景色が変わるぞ」。どんなに苦しくても、しんどくても、仕事は自分に大きな力を与えてくれる。

村井有紀子大泉洋『大泉エッセイ』、発売前に「重版出来!」となり大感謝。1997年から綴られた饒舌なエッセイ112篇、ぜひ一読を!

 

胸が熱くなる出版ドラマ

やる気は結果になり、快感になる。お仕事ストーリーの王道をいくこの作品は、「重版出来!」という言葉と共に、出版関係者の心を高鳴らせる。「重版」が難しくなった出版不況のなか、作家、編集、営業、書店員ら関係者の気持ちが結果につながっていく怒涛のストーリーは心に響いた。特に、仕事への情熱を失った営業マンの登場する後半の章は読みごたえあり。独特の商慣習の「本」を売る現場では、有機的なつながりこそが大事だと作者が伝えているように思えた。

亀田早希『怪談実話コンテスト傑作選 痕跡』が発売中です。高橋葉介さんのカバーイラストで装いも新たに店頭に並んでいます!

 

 

過去のプラチナ本が収録された本棚はコチラ


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