訳が分からずとも圧倒的なカオスのパワー でもちょっと絵解きします

小説・エッセイ

公開日:2013/6/3

獣の樹

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:BookLive!
著者名:舞城王太郎 価格:823円

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舞城王太郎の小説って「なんや、ワカラン」といわれることが多々ある。特に本作『獣の樹』はどう解釈していいかさっぱり見当がつかない、そんな声も漏らされたりしているようだ。

でも、僕の感想はまるっきり違う。こんなわかりやすい物語はないではないか。すべてがすっきりと、ダイナミズムをもって頭の中に気持ち良く収まる、そんな感じだ。

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ではどのように読んだか。いつものことだけれど、ちょっと遠回りしたい。

まずは、あの難解の代名詞をしょって立つ映画監督デビット・リンチの最高傑作、ということはクチャラクチャラにこんぐらがった手に負えない映画『ロスト・ハイウェイ』の絵解きであある。

ストーリーはこうです。妻を惨殺するシーンが映ったビデオ・テープがフレッドの元に届く。彼は妻殺しの罪でなぜか逮捕されてしまう。ところが独房の中でフレッドは消失し、かわりにピートという若者が出現。ピートは別の俳優が演じる。ピートは南部の親元へ送られ自動車修理工となるものの、フレッドの妻そっくりの女レネアと恋に落ち、彼女を愛するマフィアのボスに命を狙われるはめに。2人で逃げるしかないと切羽詰まったあたりでピートは消えフレッドがふたたび出現する。フレッドはフレッドの家に向かい、インターホンに向かって「ディック・ロランドは死んだ」という謎のメッセージをつぶやく。このメッセージは映画の冒頭シーンと円環している。

監督の絵解きとしては、嫉妬のあまり妻を殺したフレッドは収監された独房の中で発狂し、ピートという青年を脳内に作り上げて妄想世界に潜り込んでいったというもの。

わたしはもっとドラマチックな解釈をした。フレッドは脳腫瘍を監獄内で発症、それに伴う多重人格症に襲われ、人格の違うものを前人格の罪で縛っちゃおけねえっつう道理で釈放。そのあとは時系列をたどり直して、妻になる女性と巡り会い、自分にたどり着くのである。

しかしいずれにしろ、この映画をみるものにとっての最初のつまづきとなるなぜフレッドだった人間が突如、理由もなくピート変わってしまうのかという点関していうなら、それは人格が切り替わったからだ。人格が切り替わった以上別の人間なのだから別の俳優で撮る、ここで幻想をなり立たせているのがそうしたシンプルな考え方であるのに違いはない。

2人の人格がひとりの人間の中にあるのなら、彼は2つの世界に住んでいる。幻想的でなく、現実的に考えてこれは当たり前のことだ。

「獣の木」の冒頭で、馬の体胎内から「僕」は生まれ落ちる。そのとき14歳だ。背には馬のようなたてがみが生え、時速200キロで走ることができる。物語が半分ほど進むと、彼の父らしい男は母らしい女を殺し焼け死んだというエピソードが登場する。彼が13歳の時の話である。つまり彼は14の時、「あちら側」の人格に生まれ直したという意味以外にあり得ない。

「こちら側」の彼は、モラルや良識やわきまえや情緒に欠けるところがあるので、学校へ入り、友達とふれあい、新しい家族とコミュケーションを学び学ばされていく。つまり、人間的なアイデンティティを身につけていこうとするのである。

「あちら側」の彼はこれに刃向かおうとする。非現実的な出来事や非論理的なものの考え方に浸ってカオスの中でたくましく生きていこうとする。

たとえばあるとき彼のたてがみが皮膚ごとはがれ落ちる時が来る。次になにが起きるのかというと、巨大なアナコンダの口の中にすむ成野楡という少女があらわれ彼に働きかけるのだ。

獣の彼と、人の彼は、アニメを構成する何枚ものセルのように、2つの世界に引き裂かれて生きている。読み手の興味は彼がどこへアイデンティティを落とすのかという点に集まる。

エンタテインメントの皮膜が、ミステリーの皮膜が、さらにこれらの世界に重なるのが舞城のやり方だ。

得体の知れない地下迷路、さらなる殺人、小さな村から勃発する世界革命。謎物語の好きな読者のときめきを乗せて盆は猛スピードで回る。

もつれにもつれた物語をすっきり腑分けして読めてしまうのと、なんだか分からない世界として体感するのと、どちらが幸せかは私には分からない。


成雄は馬から生まれたす

引き取られた家で兄妹兼親友の正彦と出会う

生まれたばかりの成雄には善悪の区別がつかない

アナコンダの口の中に暮らす少女が「あちら側」へと誘う
(C)舞城王太郎/講談社