“読む”行為が、最大の事件と化す。『ドグラ・マグラ』『黒死館殺人事件』に並ぶ3大奇書、最後の牙城

小説・エッセイ

公開日:2013/6/12

新装版 虚無への供物(上)

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:BookLive!
著者名:中井英夫 価格:648円

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気つけのウォッカ。あるいは、通り魔にバットで殴られる。本作を推理マニアが読めば、そうなることは間違いないでしょう。一見シンプルで読みやすい風体ですが、普通のミステリと思って見るとピシャリと冷水を浴びせられるのです。

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――日本推理小説の3大奇書。
夢野久作の『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』と併せて、本著はそう呼ばれているそうです。他2作はまさに奇書に相応しい出来栄えであり、ぜひとも読んで頂きたいところですが、その最後に相応しいのが本作『虚無への供物』。

物語の発端は、夜の盛りも冷めやらんゲイ・バー。どことなくハードボイルドな雰囲気から立ち上がるのは、宝石商の名家・氷沼家にまつわる殺人事件。それを解決していこう、というお話です。

まず、事件が起こる前に推理が進むという冒頭は非常に妙な感覚です。ましてや、それが幾人かによる推理合戦になるのですから尚更…。ともかく、ことごとく前例を否定した構造を持つ本作。全てを説明するのは非常に困難ですが、強いて言うと、何冊かの探偵小説を読む推理マニアを覗き読む、という感じです。事件は起きているかどうかさえ、実は曖昧なのかもしれません。

推理小説で推理小説を批判するという離れ業。真面目に説明すればするほど、「何を言っているのかわからねぇと思うが…」に陥りますが、読書の中で事件が起きるというよりは、読書そのものを事件に仕立て上げるかのような構造なのです。戦前、戦後の時代や、過去のミステリ、読み手。関与するもの全てを内包し、批判する本作は、まるでコンセプチュアルアートのよう。

アンチミステリとしての概念こそがある種の本筋であり、表面的な“推理小説という書籍”としての物体はなんの意味もないのかもしれません。推理マニアという“虚無”へ向けた、推理マニアによる推理マニアの為の最後の“供物”というような…。


虚無への供物

発端は夜のゲイ・バァ

未来の犯人を推理する久生女史。真相は本著で
(C)中井英夫/講談社