少女の再生物語と乗馬競技小説の感動的な融合

小説・エッセイ

更新日:2013/6/20

天翔る

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:村山由佳 価格:1,404円

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 たとえば自転車ロードレースを描いた近藤史恵の『サクリファイス』や、飛び込み競技がテーマの森絵都『DIVE!!』のように、日本ではあまりメジャーとは言えないスポーツに小説で出会って、一気に興味を引かれることがある。それが小説として面白ければ面白いほど、そのスポーツそのものを見たい、やりたい、と思わせてくれる。優れたスポーツ小説にはそんな力がある。そしてまた一作、そんな名作が登場した。乗馬競技のひとつ、エンデュランスだ。

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舞台は北海道。主人公は11歳の少女、岩館まりもちゃん。母親はいないが、父親と仲が良く、祖父母もいて楽しく暮らしていた。ところが些細なことから学校でいじめの対象になってしまう。頑張って対抗していたが、仕事中の事故で父親が亡くなり、そのショックが重なってとうとう学校へ行けなくなってしまった。その様子を心配した顔見知りの看護師さんが、まりもを牧場へ連れていく。そこでまりもは一気に馬に魅せられる──。

読みどころはふたつある。
この牧場でまりもが出会う「エンデュランス」という馬術競技。これは乗馬での耐久レースで、数十キロ、あるいは百数十キロもの距離を何時間もかけて走破する。モーターレースや自転車レースでいうエンデューロ、つまり耐久レースである。

しかし、ただ早いだけではダメなのだ。一定区間ごとに獣医師のチェックが入り、馬の健康状態に合格点が出なければ失格になるという。つまり、馬の性格をとらえ、体調を見極め、状況に合わせて操縦し、レースの戦略を練らねばならない。拍車や鞭は禁止。こんな競技があったのか、と驚いた。

この競技に、成長したまりもが才能を見せる。レースの場面はスポーツ小説として超一流だ。駆け引きあり、テクニックあり。思わず日本で行われているレースを調べてしまった。

もうひとつの読みどころは、まりもの心の再生。「動物に癒される」という安易な話ではない。馬に出会ったからと言って、簡単に不登校は治らないというあたりがリアルだ。しかも、馬ビジネスのシビアな面や、キレイごとでは済まない面もきちんと書かれており、そんな現実の中でまりもは更に懊悩することになる。

まりもの傷はなかなか癒えない。けれど大事なのは、学校ではうまくやれなくても牧場やエンデュランスの競技場でまりもは自分の居場所を見つけ、才能を発揮し、見知らぬ大勢の人から応援され、賞賛されるというところにある。

この物語に出て来る人物は、まりもだけではなく、みんなどこか過去に辛いことがあった人ばかりだ。そんな人が牧場で出会い、自分の進む道を見つける。一か所でダメでも、人生全部がダメなわけじゃない、というメッセージが伝わってくる1冊だ。


27%あたりに登場する、馬の祈りの英詩。このあとに訳が出て来るが、これが涙腺を直撃する