不安な時代=心ない時代をどう脱する?精神科医・香山リカさんが探る「希望の在りか」

2011/9/29

〈不安な時代〉の精神病理

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 講談社
ジャンル: 購入元:電子文庫パブリ
著者名:香山リカ 価格:648円

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<安心>の対語は、不をつけて<不安心>である。
その<不安心>から<心>を亡くしたのが<不安>。

心安らかな時代が<安心の時代>だとしたら、現代は、心安らかでない時代、つまり<不安心な時代>を超え、心の在り処さえ不明な<不安な時代=心ない時代>と言えるでしょう。

個人にも社会にも。世界中に広がる<不安の病>。
<心>は一体、何処へ行ってしまったのでしょう?

「人の心までがデフレを起こしている」という香山リカさんは、現代の心理と特徴を「自己の矮小化」「自己の砂粒化」と語っています。

藤井的に現代の不安心理を表現すると、「心の頭進」という言葉が浮かび上がります。

たとえば、「心から感謝しています」。
そう体で表現する時、あなたの右手はどこに位置するでしょう? 左胸の心臓の辺り? しかし大昔は、脇腹の辺りに右手を沿えてお辞儀していたらしい。そんな話を聞いたことがあります。「誰とでも繋がれる電網社会」なのに「無縁社会」である現代は、頭、というより脳に右手を添える人もいそうな気がします。

「心が地についていない」
「心がミルフィーユのように薄っぺらく、軽い」。
「心の頭進」。
つまり心の位置が、足元から肚、胸、頭、脳へとふわふわと上っている。
これは、世界中の人々の心が薄く、呼吸(息)の深さが、浅くなっていることの証左ともいえるでしょう。

高度自由主義は、高度資本主義。別の言葉でいえば、超不安定主義は、高度頭脳主義かつ浅薄呼吸主義。

そして今日の超<心なし>主義。
そんな風に思えるのです。

自由の恍惚感から、身体から離脱しつつある心を、束縛があるけれど地に足の着いた絆で体に引き戻す。

道元禅師の教えのような調身、調息、調心ある生き方こそ、現代人が失いつつある<心=希望>を取り戻す鍵なのではないでしょうか。

そういえばリカさんが教鞭をとる大学の学科名は、現代心理学部 映像身体学科でしたね。。。


<心>の専門家・香山リカさんとの対話は、2009年夏のアントレでの対談以来。今回は著書を通じた対話。「国家」「社会」「市場」「企業」「個人」。。。近代以来続いたあらゆる単位の枠組みが制度疲労を起こしている現代。そこで碾き臼にすりつぶされるように疲弊する現代人は、どう生き方を変えてゆくのか?。その無意識の適応力、<希望の在りか>を一緒に探るような気持ちで読んでみました

内田樹さんのブログからの引用が、ぐっと肚に沁みわたります。「自己利益と自分らしさの追求が、国策的に推奨されたのは、それが集団の解体を促進し、市民たちの原子化を徹底し、結果的に消費活動の病的な活性化をもたらしたからである」。国家的な陰謀にも見えてきます

第六章の「日米の精神医学」は、うつ病を巡る国家的な陰謀と操作主義の実態が暴かれます。まさに<心なし>治療の実態です

<心>の象形は、心臓を描いたもの。沁みわたる。滲みわたる。世界も国家も個人も、脳で処理される砂漠のような乾いた富以外のみずみずしい共感を沁みわたらせること。それこそ眠れる希望の力を発露する一歩だと思いました