AKB48、木皿泉の作品の強さに日本の、宇野常寛の希望を見た

公開日:2013/7/11

原子爆弾とジョーカーなき世界

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : KADOKAWA / メディアファクトリー
ジャンル:趣味・実用・カルチャー 購入元:BookLive!
著者名:宇野常寛 価格:1,234円

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気鋭の若手評論家によるサブカルチャー評論集。『ダ・ヴィンチ』に2012年5月号から2013年4月号まで連載された批評に、『文藝別冊 総特集 木皿泉』と『ユリイカ』に掲載された「解放の呪文はいかにして唱えられてきたか」が収録されている。

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『カーネーション』『ダークナイト・ライジング』そしてエヴァ…著者の時評には常に感心させられてきたし、取り上げられている作品も大好きだったものばかりだったはずが、ほとんどの作品がどれももはや懐かしいものとなってしまっていることに驚き、現代の情報量の凄まじいほどの多さ、暴力的なほどの時間の流れの速さを再認識させられ、呆然としてしまった。

とりわけ『クラウド・アトラス』が二番館に降りてきて『あまちゃん』が(日曜日以外の)毎朝放映されているような現在では。取り上げる作品が陳腐化しないまでも消費されすぎ「過去の名作」になってしまうこと――これは著者のように常に「いま、ここ」にあるものをテーマとする批評家が常に対峙させられる問題であるように思う。

だが、あえて作品のスクリーニングをしなかった姿勢は評価されるべきであろう。現在進行形のものとして面白く読めたのが木皿泉論とAKB48についての文章で、そのことが木皿作品とAKBの強さをあぶり出す結果となった。著者も指摘するように、想像することの重要性を繰り返す制作者たちの信念は、やはり絶望的に閉塞した日本における数少ない希望のひとつなのだ。そして著者もまた想像することでしか社会を変えることはできないと、さまざまな作品を通して繰り返している。この姿勢こそが著者の真骨頂ではないだろうか。

文体だけが少々残念だった。雑誌掲載時に効果のあった文体であっても、書籍として続けて読んでいる読者にとっては頻発する同じ言い回しが思考の妨げとなる場合もある。連載時に渾身の作品を書いていたとしても単行本化にあたり加筆修正が必要な理由はそこなのだ。そう、強調する文体を多用すれば往々にしてその効果は薄れてしまうものなのだ。多作な著者であるので全作品の修正は大変な作業と察せられるが、今後の刊行物に一層の期待をしたい。


特撮という虚構を現実化しようとした過去の遺産から、現代の虚構――しかし最もパワフルな共同幻想――アイドルへ、著者の思考は帰着する

こののち、「政治と文学」の対比について、世界の変化はまさに文学の側からしか起こりえないと著者は確信を持って述べている。想像力がなければ創造は起こらないのだ
(C)宇野常廣/メディアファクトリー