【直木賞候補作―(伊東潤)】 迫力満点の古式捕鯨に驚け!

小説・エッセイ

更新日:2013/7/16

巨鯨の海

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 光文社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:BookLive!
著者名:伊東潤 価格:1,296円

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和歌山県太地町。古くから捕鯨の町として栄えたところだ、という漠然とした知識はあった。しかし本書を読んで「こんな方法で捕鯨をしていたとは」と心底驚かされた。ここに描かれているのは江戸時代、「古式捕鯨」と呼ばれる方法で鯨に挑んだ太地の人々の物語だ。

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鯨をどうやって捕るか。第1話「旅刃刺の仁吉」での描写を見てみると、まず見張りが沖の鯨を見つけて合図を出す。鯨の種類やサイズで合図が変わる。いざ沖立ち(捕鯨実行)となると、真っ先に出るのは船足の早い網船6艘、続いて銛打ちを乗せた勢子船が16艘。そしてさまざまな役目を持った補助船が10艘以上続き、総勢200人から300人が漁に携わることになる。リーダーの指示に従い、連携して、1頭の鯨を追いつめるのである。まずその迫力と疾走感に圧倒される。

沖で捕鯨にあたるのは男たちだが、太地はまるごと捕鯨の町だ。漁に出ない女や老人、けが人、体の弱い者などは陸で鯨肉の加工や流通を担当する。鯨は一頭とれば千両単位の収入になるという。大人数であたらなければできない仕事だからこそ、地域に暮らす人々の結束は強く、互助システムもしっかりしている。チームワークの乱れや後顧の憂いは、海では死に直結するからだ。しかし結束が強いからこそ生まれる軋轢がある。捕鯨というひとつの物差しで人の能力が測られる環境だからこそ生まれる葛藤がある。もちろん、捕鯨そのものにも生死を分つようなドラマがある。

「旅刃刺の仁吉」は、太地の人間ではない、よそからやってきた刃刺(勢子船に乗って捕鯨を指揮し、鯨に銛を打ったり鯨に飛び乗って刃物を刺したりする)と地元のいじめられっ子の物語。「恨み鯨」では町の共有財産である鯨の高価な部位が盗まれるという事件が起きる。身内の犯罪をどう裁くかが読みどころ。「もの言わぬ海」は捕鯨を直接見ようとこっそり船に乗って沖に出た少年たちが、流され戻れなくなってしまう話。「比丘尼殺し」は殺人事件を追って藩の目明かしが太地に潜入捜査する。「訣別の時」は、血を見るのが苦手で捕鯨には向かない青年の苦悩。そして「弥惣平の鐘」は無謀な捕鯨に挑んで鯨の反撃に遭った船団が転覆、遭難し、その中の1艘の鬼気迫る漂流の様子を描いたものだ。

独特の経済原理の上に成り立った自治体という背景。迫力と臨場感に溢れる捕鯨場面。そこで暮らす人々の営み。その3つの要素が見事に混じり合った、読み応え満点の連作短編集である。ライバル、親子、夫婦、友情、自立──そのすべてがある。息詰る興奮と胸を打つドラマの両方を存分に堪能されたい。


すべて同じ舞台でありながらバラエティに富んだ5作を収録
(C)伊東潤/光文社