芥川賞受賞のホラー純文学

小説・エッセイ

2013/8/6

爪と目

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 新潮社
ジャンル: 購入元:BookLive!
著者名:藤野可織 価格:1,296円

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怖い話ですよ、これは……。少なくとも巷のサイコホラー程度には。しかも、武器を見せつけたり、狂気の理由を書いたりしないから余計に怖い。内容がいちいちグッサリ鋭いのに、鋭利な刃物は見せない。例えていえば、紙で指を切ったらその紙に遅効性の毒が塗ってあった、というような感じでしょうか。

平易な言葉を選び、二人称で書かれた物語は、読みやすく、とっつきやすささえ感じられます。少なくとも『abさんご』のように実験的な文体に驚かされることはないし、ルビが必要な難しい漢字が出てくることもない。誰が誰の話をしているかも、少し読み進めればすぐわかってくる。だからほとんどの読者はラストに不意をつかれるのです。著者は、非常に巧妙にトラップを張り巡らせて、淡々と緊迫感を高めているというのに。その一例として、身体のなかでも固い爪という組織と、逆に最も無防備な目という組織について、淡々と描いて増幅された不気味さがあります。それも、喉の奥や内蔵にまでも広がる触感を刺激する言葉で描くたくみさです。

芥川賞の受賞記事などでは「父と不倫相手と三歳の娘の同居生活」と簡単に紹介されていますが、不倫など瑣末時に過ぎません。この作品の怖さはワイドショー的な人間模様とは関係ありません。たかだか自分の持ち物でしか自己表現できず、それなのにそれこそが自分と思わずにいられない人々の内面的な寂寞、人間はここまで他者に無関心で鈍感な生き物になれるのだという無惨な現実を描いたところにこの作品の怖さはあるのです。その怖さを積み重ねたクライマックス、登場人物が強烈なしっぺ返しを喰らうラスト――その残酷さを是非読んで感じていただきたいと思います。


子供がストレスで爪を噛む、鈍感な人ならひとことで片付けてしまうことが、ここまで怖くなる

見せびらかし消費の快楽というブログの負の一面も、さらりと描かれている

ともに収録されている短編『しょう子さんが忘れていること』より。内蔵の感覚描写から主人公の孤独がより直接的に伝わってくるようだ
(C)藤野可織/新潮社