幻の世界遺産・浦上天主堂はなぜ取り壊されたのか? 長崎原爆の隠された真実に迫る 

小説・エッセイ

2013/8/9

ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 文藝春秋
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著者名:高瀬毅 価格:700円

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これは次世代に伝えるべき名著だ。
1945年8月9日、午前11時1分、広島に続き2つめの原爆が長崎に落とされた。爆弾は浦上地区中央の上空で爆発し、アジア最大規模のキリスト教会のひとつであった浦上天主堂を破壊。天主堂の廃墟は広島原爆ドームと同じように、後世に原子爆弾の悲惨さを伝えるため保存されるはずだった。少なくとも、市議会では保存する方向で評決が一致していた。市長も、保存に前向きであり、知り合いの建築家に保存法を調べさせることまでしていた。

しかし、その市長が、米国の招待により1カ月の視察旅行に出かけ、帰国したときは別人のように廃墟の取り壊しと撤去を頑強に主張。同時期に当の教会には新教会の建設費用にと多額の寄付金が集められた。そして終戦13年後、もとの天主堂は取り壊され、建て替えられてしまった。一体米国で何があったのか、圧力、もしくは懐柔――?

「怒りの広島、祈りの長崎」とはウィキペディア日本語版にも項目があるほど人口に膾炙した言葉だが、なぜ、そのようなことになったのか。なぜ、長崎の人々は被爆を受容し、あまつさえ、「原爆は神の摂理」などという言説をゆるしたのか。それは、被爆の象徴ともいうべき遺構が喪われたからではなかったか―—。被爆者を母に持つ長崎出身の著者がその謎に迫る。もともと第一目標ではなかった長崎に原爆が落とされた理由と、第五福竜丸事件という日本人第3の被爆、そして長崎が日本初の米国との姉妹都市になるまでにはどのような経緯があったのか。第二次世界大戦と原子力についてばかりでなく、隠れキリシタンへの迫害と差別、その隠れキリシタンを祖先に持つ信者たちがその手でレンガを運んで30年間かけて建てた旧浦上天主堂の歴史も記述されており、多層的な裏付けが読者を謎の深みへと引き込んでいく。

市役所の不審火で貴重な写真が失われ、関係者の何人かは亡くなっており、結論は推理するしかない。しかし、著者の推理は筋が通った正しいものであり、よほど性根の曲がった偏見の持ち主でさえなければ、そのことは理解できるはずだ。


天主堂の廃墟がもし残されていたら…広島原爆ドームのように世界遺産となったのは間違いないはずだ

姉妹都市計画はあくまで民間の善意で行われたものだが、その善意を利用しようした勢力がある可能性が指摘される

天主堂撤去の理由については、ソ連との冷戦の影響も指摘される

電子化された定本は文庫化されたもの。データ中の10%ほどが福島の事故以降に書かれた原稿であり、これも読み応えがある
(C)高瀬毅/文藝春秋