サカナクション・山口一郎さんも愛読 戦後最大の思想家の歩みは、この詩集からはじまった

小説・エッセイ

更新日:2013/8/12

吉本隆明初期詩集

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 講談社
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著者名:吉本隆明 価格:864円

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「共同幻想論」や「言語にとって美とはなにか」などの著作を、あるいは「関係の絶対性」「重層的な非決定」といった「吉本語彙」をまじえて自在に話す人がいれば、ただ茫然と見上げるばかりの自分のような浅薄な読者に、その詩集は敷居が高い。それがなぜ。理由はある好きなバンドのリーダーが吉本隆明の詩を愛読、そのバンドを語るには吉本隆明を読まずには語れない、ということで読むことに。その結果は。

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言葉のうえではわかったようなわかり方をわからないというのなら、わからないとうことになる。この詩集は「初期」「固有時との対話」「転位のための十篇」からなり、多くが戦後間もない著者20代に書かれた。なかでも「固有時との対話」(散文詩)は、「生存の与件がすべて消えうせた後ににんげんは何によって自らの理由を充たすか わたしは知りたかった わたしにとって理由がなくなったとき新しい再生の意味がはじめられねばならなかったから」という、後の著者の思想につながるような惹句があるのだが‥(巻末「解説」に「この作品の意味はじぶんでもよく判っていない部分がある」と書いている著者の言葉に、少し救われる)。

この「固有時との対話」に比べ「初期」「転位のための十篇」は、はるかにわかる。「初期」では、少年エリアンを主人公に、登場人物の手記と詩で構成されている長編「エリアンの手記と詩」が印象的。橋の上、河辺の木陰、海の匂い、滑石、土管の破片といった言葉に、著者が育った東京月島・佃島の原風景がのぞく。「転位のための十篇」は、高いメッセージ性という意味で「初期」よりさらに印象的。詩を書く意味にもとれる「ぼくが真実を口にすると ほとんど全世界を凍らせるだろう」のメッセージのある「廃人の歌」や、対立と孤絶をいとわぬ確信が書かせた「その秋のために」は何度も読む(その秋とは、ついにやって来ることはなかった「革命の秋」だ)。

つねに大衆の視座を失うことなく日本の思想史に大きな問題提起をしてきたとされる著者は、戦後最大の思想家といわれる。その歩みは、この詩集からはじまった。その詩に分け入り、その思想の発端に触れるまではとうていできないが、ただ成心なく読み、不明はあってもうちに響くことがあれば諒とする。その詩を愛読しているというバンドはサカナクションの山口一郎さん。吉本隆明さんも、サカナクションも、まだまだ語れない。


目次から。詩集は「初期」「固有時との対話」「転位のための十篇」からなる

主人公の少年エリアン、恋人ミリカなど登場人物の手記と詩で構成される長編「エリアンの手記と詩」から

「わたしは視た」(初期「無心の歌」から)のフレーズは、ランボーの「酔いどれ船」の「ぼくは見た」を連想させる

「転移のための十偏」から、「その秋のために」の終わりの部分
(C)吉本隆明/講談社