芥川賞作家、長嶋有による「文学の言葉」が新鮮で温かい作品

小説・エッセイ

2013/8/18

夕子ちゃんの近道

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 講談社
ジャンル: 購入元:BookLive!
著者名:長嶋有 価格:486円

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夕子ちゃんの近道は実は遠回りで、歩いても登っても着けそうにないのだけれど、私はそれが面白くなるための近道な気がして、ああそうか、そうやってずんずんと歩いていけば新しい世界はすぐそこなんだなって、おかしいくらいに感心してしまった。

人生にちょっと疲れた「背景みたいに透明」な主人公の、ほんのすこしのお休みの物語。2007年に第1回大江健三郎賞を受賞した本作は、芥川賞作家の長嶋有によって描かれ、2004年には川端康成賞の候補ともなった。大江健三郎賞のコンセプトは「文学の言葉」を選ぶこと。文学の言葉。いい響き。『夕子ちゃんの近道』は、たしかな文学の言葉に溢れている。

この間立ち読みした本で、丸谷才一さんが言っていた。「純文学っていうのは、文章に芸術性があるかってことですよ。芸術的な個性があるかないか。」確かこんな内容だった。本作は、最高に、純文学だ。

主人公の素性は、最後まで知れない。人生にちょっと疲れたから、お金はあるけど仕事をやめて「フラココ屋」の2階に住みこんで、ゆったりとたいしたことないバイト生活をする。「フラココ屋」は西洋アンティーク専門店。買うお客さんと買わないお客さんがきっぱりと分かれていて、買わないお客さん代表の瑞枝さんはなんとなく面白い人。向かいに住んでいる大家さんも、その孫の夕子ちゃんと朝子さんも、途中で出てくるフランソワーズも、なんとなく面白い人。みんななんとなく面白いから、このお話もなんとなくおかしみがある。でも途中で気付いた。この無個性な主人公の目を通すから、みんながみんななんとなく面白い人に思えてくるのかもしれない。まっすぐに透明な目で人を見る主人公には、相手の面白味がはっきりとうつる。その感じが、いい。

それから、人生の春休みをゆったりと過ごす主人公のリズムが、だんだんと読んでいる自分にも染みてくる。私はその感覚も好きだった。最初はよくつかめなかったけれど、読んでいるうちに、本当にこの作品が好きになった。こういうわけで、読んでみていただきたいのだ、本作を。好きだから、読んでみてほしい。そんな風にすっと素直に言えるような作品であった。


瑞枝さんは、なんだか心に残ることを言います

ふと、気付くこと

あたらしような、なつかしいような感覚
(C)長嶋有/講談社