今月のプラチナ本 2013年10月号『駅物語』 朱野帰子

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/30

駅物語

ハード : 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:朱野帰子 価格:1,512円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『駅物語』 朱野帰子

●あらすじ●

新人駅員の若菜直(わかな なお)が配属された職場は、日本有数のターミナル駅である「東京駅」。入社試験で1位をとり、希望どおり東京駅の駅員になった若菜は、毎日100万人が乗降する駅で、定時発車の奇跡を目の当たりにし、鉄道員の職務に圧倒される毎日。酔っぱらいの乗客、鉄道マニアの同期、全自動化を目論む駅長、個性的な先輩たち。東京駅で働く人たちの熱い思いに触れ、少しずつ成長していく若菜。だが、彼女には密かに抱いた望みがあった。臨場感あふれる筆致で駅で生きる人々を描いた、朱野帰子の書き下ろし長編エンターテインメント。

あけの・かえるこ●1979年生まれ。2009年『マタタビ潔子の猫魂』で第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞しデビュー。既刊に、『マタタビ潔子の猫魂』『海に降る』『真実への盗聴』がある。

講談社 1470円
写真=首藤幹夫 
advertisement

編集部寸評

 

ひとりひとりの、駅にいる理由

いつもと変わらない一日。平穏で、ちょっと退屈なもののように語られるそれは、実は無数の人々の意志と感情がぶつかり合いからみ合い、ひとつの奔流になったものだ。その象徴として本作で描かれるのは東京駅。毎日100万人以上が乗降し、それを900人以上の常勤駅員が支える。そのひとりひとりに、駅にいる理由があり、希望や後悔がある。朱野さんがすごいのは、その膨大な数の“思い”の存在を、小説の限られた登場人物と紙幅で、読者にまざまざと感じさせるところだ。冒頭からほんの20ページで、主人公・直の気性が、同期・犬塚の屈託が、ゆかぽんや藤原たち先輩それぞれの立ち位置が、ともに働いてきたかのように呑み込める。直が、単に鉄道が好きで入社したわけではないことも……。それでいてどの人物も単純な類型化はされておらず、物語を通してさまざまな面を見せ、成長していく。デビューから4作目にして、大きな飛躍を感じさせる一冊だ。

関口靖彦本誌編集長。朱野さんのデビュー作『マタタビ潔子の猫魂』は、私が編集を担当しました。キャラクターの立て方と物語のテンポは既に非凡、ぜひご一読を!

 

駅の“平穏”を支えるもの

ラッシュ時のターミナル駅は、その人の多さと殺気立った彼らの表情や雰囲気から、ある種の戦場のように感じることがある。そうした実感からか、本書を読んでまず思うのが、「駅」を支える駅員の仕事の過酷さであろう。若菜を囲む個性的な職場のメンバーは「乗客は我々を人間だと思っていない。(中略)機械になったつもりで淡々と対処するように」という環境のなか、どのようにそれぞれのプライドを維持しているのか。それは、著者・朱野さんの疑問でもあったように思う。本書は、非常に特殊な理由で駅員になり、それぞれの客にも個人的にかかわろうとする若菜を主人公にすることで、駅の中で起こっている小さなドラマにスポットをあてた。「奇跡なんか起こさなくてもいい。大切なのは何も起きないことだ」という言葉が作中にあるが、小さな、本当に小さな奇跡の数々こそが駅の平穏を支える、駅員の誇りにつながっているように思えた。

稲子美砂穂村弘さんの最新エッセイ集『蚊がいる』9月13日発売です。ブックデザインは横尾忠則さん。一見、本とは思えないような斬新な装丁にご注目ください

 

鉄オタも納得する鉄道物語

出張のため、先日東京駅に行ってびっくり。開発が進んでデパートかというほどの明るく綺麗な内装と、多国籍な老若男女の賑わい。東京駅ってすごい!と思った矢先、この本が目に飛び込んできたので即購入。読み始めたら、新人駅員の若菜のまっすぐさがスポ根的に突き刺さり、どんどん読む。東京駅には駅長が3人いるとか、毎日100万人の利用者がいるとか、駅員はダイヤを記憶しているとか、駅薀蓄がさらりと書いてあり驚愕の連続。取材力ばっちりだ。実は私、毎朝、満員電車を降りると左側通行を駅員さんに強制されるので、日々むっとしていたのだが、この本を読んで、その怒りは霧散した。一人で電車通学している小学生のわが息子を思い、息子の命を運ぶ大事な電車、駅ホームでも左側通行で、命を守ってくれていたのだと妙な感動が沸き起こったぞ。お仕事小説としても面白く、感動小説でもある。しかし事故なく完璧を目指す鉄道日本!って、すごすぎる!

岸本亜紀『もっともっと 視えるんです。』伊藤三巳華さん、増刷しました。『視えるがうつる!? 地霊町ふしぎ探偵団』つばさ文庫も発売中。お子様にどうぞ

 

駅員さんを見る目が変わります

ダ・ヴィンチ文学賞出身の著者のデビュー作『マタタビ潔子の猫魂』を読んだとき、痛快なキャラクターと物語のテンポのよさにこれは面白い!と引き込まれたが、あれから4年。4作目の作品となる本書でも、朱野さんの良さは健在だ。主人公はじめキャラクターが魅力的で物語のテンポがいい。そして、現代社会で働く私たちみんなに通じる迷いや葛藤を掬い取り、光を当てるその姿勢も健在だ。そして、朱野作品は、とにかくエンターテインメントとして純粋に楽しいところがいい。だが、本作では爽快なだけではない味わいが数倍増した。東京駅を舞台にしたこの物語に、きっと老若男女問わずに引き込まれ、感動する。日本の鉄道の時間の正確さをすごいとは思っていたが、そこで働く人たちが、日々ここまでの激務にさらされていたとは。読後、自分が乗る通勤電車や駅に対してはもちろん、毎日、繰り返される仕事や日々の営みに対する目線もきっと変わるはず。

服部美穂1特「百田尚樹特集」の密着取材で夏の京都・大阪を百田さんと一緒に歩き回ったのですが、暑さよりも百田さんのパワーに圧倒されました。お若い!

 

鉄道を利用するすべての人へ

海洋研究を通して深海のロマンを描く『海に降る』、派遣OLが外来種の憑き物を退治するデビュー作『マタタビ潔子の猫魂』など、多様な著者の作品には圧倒的な爽快感がある。本作もそうだ。人々が行き交う巨大ターミナル駅で働く若菜やアクの強い仲間たち。鉄道を通勤に利用する人、観光目的で訪れる客、趣味として楽しむマニアもいる。当たり前のように生活に組み込まれているからこその苦労があり、奇跡が生まれる。普段使っている駅を改めて見つめたくなる快作。

似田貝大介金沢で怪談専門誌『幽』と妖怪マガジン『怪』の合同イベントがあった。本書はそこへ向う電車内で、車窓を眺めながら楽しんだ

 

人が支える力

毎日100万人の人々が乗り降りする東京駅。この駅を利用するたびに構内の人の多さに辟易していたが、その裏にはこんなにも多くの鉄道員の努力があるのだと、あらためて気づかされた。日々激務をこなし、われわれ利用客の命を守る、そのための苦労は計り知れない。新入社員の若菜の奮闘や同期の犬塚の挫折、先輩たちの教え│巨大ターミナルで起こる様々な人間模様は読みごたえたっぷり。その先に起こる奇跡の瞬間に立ち会えたようで、人が支える力を実感した。

重信裕加『駅物語』を読んで神戸の国鉄員だった祖父を思い出しました。ようやく猛暑の夏も終わり、秋には旅に出たいと思うこの頃

 

どう仕事と向き合うか

主人公の同期・犬塚が、事故処理現場を写真撮影した乗客たちを見て、精神的ダメージを受ける場面が印象に残った。「人の振り見て我が振り直せ」ではないが、他人のイヤだな〜と思うところが、ふと振り返ってみたら自分にも当てはまっていた、というのはショックなことだ。犬塚はどのように立ち直っていくのか、ぜひ読んでほしい。個人的には主人公の先輩・由香子の仕事への向き合い方が好きだ。路線や停車駅を覚えるための工夫など、すばらしい社会人だと思う。

鎌野静華8月のオードリーさん単独ライブ最高でした〜。校了後は土屋礼央さんソロライブへ。本業で輝く担当作家陣にパワーをもらう夏

 

世界を見る目が新たに広がる

駅は奇跡が起きる場所、幸せな奇跡を起こせる駅員をめざすと挨拶した若菜。でもその背景は、言葉通りのきらきらした希望や夢じゃなかった。先輩駅員、若菜と犬塚の新人ふたり、沢山の乗客。それぞれの物語と価値観、駅ではそれが交差する。帯の「朱野帰子は、私たちが生きる世界の魅力を教えてくれる」まさに。第五章最後は圧巻だった。輝かしいことばかりじゃなくても、駅に限らず本当は溢れている奇跡を、やさしく大切にできる前向きな気持ちをもらえた気がした。

岩橋真実『海に降る』もおすすめ。こちらは深海探査がテーマ。両作品とも専門職の人たちの描き方が見事。駅だけじゃない取材力と描写力

 

東京駅は眠らない

田舎にいた頃は鉄道に乗ること自体が楽しかった。しかし上京してみればなんたる殺伐。その裏側にけっこうな壮絶があることは薄々分かっていたが、まさかここまでとは。鉄道は欠くことのできないライフラインであり、それを守るため日々奮闘する本書の主人公たちは凡庸だが、誇り高い。本書を彩るドラマは、我々の日常と合わせ鏡のようにリンクしているのだ。いまもこの国のどこかで起きているであろうドラマに思いを馳せる「視点」を本書は教えてくれた。

川戸崇央①7キロ痩せました②チーム・トロイカでLINEをはじめたのですがこれが便利! トロさんは思いのほかスタンプ使い

 

電車通勤者にぜひお薦め

東京駅の新人駅員たちの奮闘を描いた感動作。毎日100万人以上の乗降があるこの駅では、トラブルがつきもの。酔っ払いやけんか腰など理不尽な客も多く、駅員たちの苦労には同情せずにいられない。けれど、人を思いやる「優しさ」に触れられるのも、「駅」である。私たちは「いい日」も「悪い日」も同じ電車に揺られていて、それぞれに、それぞれの物語がある。本作を読んでから、ラッシュ時車内でも不思議と穏やかな気持ちでいられるようになった。電車通勤者にお薦め。

村井有紀子来月号の『どうでしょう』特集取材のため、出張続きで我が家の「盆栽」が心配でなりません。面倒見てくれる盆栽仲間が欲しい

 

駅員さんを応援したくなる

東京駅が舞台の小説、というだけで心躍る人は多いのでは。日本人の大多数が一度は足を踏み入れたことがあるのだから。個性豊かな駅員たちや、総合職と現業職の軋轢、トラブルを起こす乗客とのやりとりから生まれる人間ドラマと共に語られる東京駅のうんちくが楽しい。主人公が「ある目的」を達成するためにひた走る姿を、周囲が戒めと共に手助けしてくれるのもいい。駅員たちはその戒めと共に、膨大な列車を定刻どおりに運行する使命を果たしているのだ。

亀田早希twitterで応募された怪談短歌とその講評を収録した『怪談短歌入門』が9月20日発売予定! 新しいジャンルの短歌本です!

 

 

過去のプラチナ本が収録された本棚はコチラ


読者の声

連載に関しての御意見、書評を投稿いただけます。

投稿される場合は、弊社のプライバシーポリシーをご確認いただき、
同意のうえ、お問い合わせフォームにてお送りください。
プライバシーポリシーの確認

btn_vote_off.gif