日本初のメダリスト剣士は痛快な自信家だった!

公開日:2013/10/1

太田雄貴「騎士道」―北京五輪フェンシング銀メダリスト

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 小学館
ジャンル:趣味・実用・カルチャー 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:太田雄貴 価格:799円

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個人的な考えを言わせてもらえば、アスリートはそのスポーツをやっているときが全てなのであって、来し方や考えは、まあ「どうでもいい」とは言わないが、さほど興味は惹かれなかった。ただ、例外はある。それがこのフェンシングの太田雄貴選手である。私は常々疑問だったのだ。『キャプテン翼』を読んでサッカーを始めるとか、プロ野球選手に憧れて野球チームに入るというのはよくわかる。でもフェンシング? よりによってどうしてサッカーでも野球でもなく、フェンシングを始めようと思ったんだろう?

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本書には太田選手がフェンシングを始めた小学校3年生のときから、北京五輪で銀メダルをとり就職を決めるまでが綴られている。太田選手がフェンシングを始めたきっかけは、なんと「スーパーファミコンを買ってやるからフェンシングを始めないか?」という父親の言葉だった。ご尊父がそもそもフェンシングの選手だったのだ。なるほど、女子重量挙げの三宅宏美さんや投擲の室伏兄妹もそうだが、マイナー(すみません)な競技を始めるきっかけは「親子鷹」が多いのだと、改めて認識した。

親がやっていれば子供も五輪選手になれる、というわけではもちろんない。けれど率先して練習の環境を作ってくれる親がいるというのは、やはり大きい。太田選手は小学生にして「フェンシングありき」の生活を送ることになるのである。しかし、ただそれだけでは『巨人の星』ばりのまっすぐなスポ根物になるところを、ある要因が崩している。太田選手の性格だ。いやあ、メダルをとってテレビに出たり、「ニート剣士」だったのが森永製菓に入社が決まって会見で涙したりという印象から、とても気の優しい人だというイメージだったのだが、とんでもない!

プライドが高い。気が強い。そして自信家。協会がわざわざウクライナから招聘したコーチに対して「合わねえ」と言い放つ。大会では「勝てそう」「勝った」「当然」という乗りなのである。いやあ面白い。真骨頂は、ルール改正やケガなどで不調のどん底に落ち込み、しぶしぶコーチに教えを乞うくだりだ。心の中ではいろいろ思いつつもコーチに従ったら勝てた。そしたらいきなり「俺の力!」なのである。わははは、なんだこの子。面白いぞ!(本人の名誉のために書いておくが、その直後の大会で負けて、あれはやはりコーチの指導だったんだとちゃんと気付いている)

フェンシングは競技人口が少ないから、他の競技よりは低い競争率で日本一になれた。しかし世界の壁は厚い。その壁を突き崩すために、協会がとった方針や投資。そういったこともきちんと書かれている。協会が寄付金を使って選手を合宿させ、遠征費も負担し、コーチも招聘した。ひとりのメダリストを作るために全面的なバックアップを行ったのである。自分の成績はその責任の上にある。だから自分はよりフェンシングの普及に努める義務がある。そう綴る太田選手に意を強くする。ひとりのスターが出ることで裾野が広がり、レベルがあがる。太田選手はその旗ふりを任されたのだ。他の人気競技ではあり得ないほどの重圧を、けれど途方も無い自信家だから、きっと彼は受けて立つだろう。なんせこの後、ロンドン五輪でもちゃんとメダルを取ったんだし!

そうそう、もうひとつ本書を読んで好感を持ったのは、「ああ、これは本当に太田選手が自分で書いているな」という点だ。いや、語りおろしかもしれないが、ちゃんと本人の言葉で綴られている。なぜなら、文章がまったくこなれていないのだ。ライターなり編集者なりが手を出せばもっと体裁のいい文章になったろうに、それでも太田選手は自分の言葉で届けることを選んだのだろう。それもまた彼の「騎士道」なのではないかと、勝手に想像しているのである。


太田選手の写真もたくさん

プライベートショットも!

巻末にはフェンシングの歴史や用語をまとめたページもある。これは便利