今月のプラチナ本 2013年11月号『さよならタマちゃん』 武田一義

今月のプラチナ本

公開日:2013/10/4

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『さよならタマちゃん』 武田一義

●あらすじ●

「健康だけが取り柄だったのになんで俺がこんな病気にっ!!」─マンガ家を目指しながらマンガ家アシスタントとして生活していた35歳の主人公に、ある日、精巣腫瘍(睾丸の癌)が見つかった。除去手術で片方のタマを失うが、癌は肺に転移していたため長期入院に。抗がん剤の副作用や治療うつと闘いながら、辛い闘病生活を送る主人公だが、妻の励ましや医師や入院患者たちとの交流を経て、あきらめかけた夢に向かい、病と向き合っていく。癌の宣告から一年、自身の闘病記をコミカルな絵でリアルに描いた、話題の感動作!

たけだ・かずよし● 35歳にして精巣腫瘍という大病を患ったマンガ家アシスタント。マンガ誌『イブニング』で初の連載となった『さよならタマちゃん』が回を追うごとに人気を集め、今年の夏に単行本化された。

講談社イブニングKC 720円
写真=首藤幹夫 
advertisement

編集部寸評

 

病気+家族+仕事=生

本当に密度の濃いマンガだ。精巣腫瘍が転移してしまった著者の、自分は死ぬかもしれない、治らないのかもしれない、というぎりぎりの闘病記であり、かつて自らも病に倒れた経験を持つ妻との夫婦の物語であり、アシスタントのまま35歳になった著者が、ガンを経てもなおマンガ家になることを目指す物語である。そして同室の患者、医者、看護師たちそれぞれの、病気と家族と仕事までが描かれることで、“著者個人の体験記”という以上に普遍的な「生」の物語になっていると思う。驚くべきは著者の構成力で、これだけ多くの人の生と死をわずか1巻のコミックにまとめあげるため、どれほどセリフを磨き上げ、エピソードの前後をくふうし、コマ割を吟味したことか。著者自身の経験の密度が濃いのはもちろんだが、それ以上にマンガ作品として、じつに密度高く練り込まれた一冊。ふだんは意識しないようにしている、自分の生と死について考える機会をくれる。

関口靖彦本誌編集長。誰もが死に、家族と別れることになる。でも誰もが、そのことを考えないようにしている。だから本書を読むと、胸をこじ開けられたように泣いてしまう

 

病院で暮らすということ

数年前、10カ月ほど毎日病院に通っていた。自分の通院のためではなく、身内のような人が長期入院していたのだ。面会時間が20時までだったので、19時半くらいに行って、30分くらい他愛もないことを話して帰る日々。毎日訪れていたとはいえ、私が見ていたのは、その30分間の病院だったなあと、この『さよならタマちゃん』を読んで思った。入院している患者さんにとって、病院は病気との戦いの場であり、同時に生活の場でもある。さまざまな人がさまざまな病とさまざまな事情を抱えて入院してくる。恥ずかしい診察、将来への不安、治療の副作用による身体の不調、部屋の中の人間関係、著者の武田さんは自らの経験や思いをかみしめるように丁寧に描き出す。その筆致は優しくてとても謙虚だ。彼の視点を通して、多くの人たちが自分なりのがんばり方で病気に立ち向かっている姿をみると、月並みかもしれないけれど、普通でいられる日常に心から感謝したくなる。

稲子美砂A.B.C-Zの戸塚祥太さんの連載が今月からスタート。本絡みのエッセイということで、読書量を増やすべく、書店でいろんなジャンルの本を物色しているそうです

 

明日はわが身と思って読んだ

今や二人に一人ががんの時代。明日はわが身と思って覚悟して読んだのだが、ほのぼのとした絵柄とは正反対のつらい現実がそこにはあった。マンガという形式だからか、まるで自分が体験しているかのように感じたし、副作用でそこまで吐くのかと胸が苦しかった。病院内の自分のポジションも読みどころのひとつだ。死に向かう病を持つ人々とのコミュニケーション。どぎついおやじもいれば、繊細な人間もいる。自分がよくなったからといって優位にも立てない。実に難しい。また闘病の過程でむき出しになっていく嫌な自分の本性。分かるなぁ。私は切迫流産で入院したことがあるが、たったそれだけで「何で私が?」と毎日思っていた。武田さんのそれは私とは比較にならない程の不安だったと思う。それを支える家族(妻)と本気で向き合えてよかった。妻も大変だったと思う。涙なくして読めない一冊。武田さんの強運を引き寄せた力にエールを送り続けようと思う。

岸本亜紀イチオシ作家・花房観音の渾身の書き下ろし長編官能怪談作品『恋地獄』、傑作! 10/18刊行。ガーリー怪談文芸誌『Mei(冥)』3号は京都散歩特集。10/25発売

 

たくさんの人生が詰まってます

ひとコマ、ひとコマ、じんわりと、心の中に小さな波紋が浮かんでは広がっていくような感覚で読んでいたのだが、終盤ふいに、どっと泣けてしまった。それこそびっくりするほどふいに。気づいたときには、深く、身体に沁みわたってあふれてしまった。主人公の闘病記だが、夫婦の物語でもある。この二人の物語が素晴らしい。それが太い幹になっているのは間違いないが、本作の魅力を語るには、まだ足りない。私はこの物語には脇役が一人もいないと思った。登場するほかの夫婦も素敵だし、病気の人も、そうでない人も、みんなが一所懸命生きていて、みんなに光が当たってる。この体験をきちんと伝えようという作者の姿勢、周囲に向ける眼差しの優しさと繊細さ、そして、マンガに対する誠実さに胸打たれた。静かで穏やかな佇まいのこの一冊の中に込められた、言葉で語りきれない多くの強く熱い思いを、一人でも多くの人に、実際に読んで、味わってほしい。

服部美穂最近、秋めいてきてうれしい。今年の夏はひたすら暑さ&仕事と格闘していて夏を楽しむ余裕が全くなかったので、秋冬は季節感のあることがしたい!

 

誰にでも、ふいにやってくる

身につまされる。このマンガを読んで、自分には無関係だと言い放てる人はいるのだろうか。酒もタバコもやらず健康だけがとりえという30代の主人公が、唐突にガンを宣告される。ショックを受けながらも周囲はめまぐるしく変化する。病棟にはベテランの闘病仲間や、自分のような新米もいる。彼らにはそれぞれ人生がある。表面では朗らかでも、裏では耐え忍んでいる。追い込まれたとき、なにが自分の支えになるのか、大切なものをしっかりと見据えて生きてゆきたい。

似田貝大介慌しく夏が過ぎ、気がつけば冬がすぐそこに。12月発売予定の怪談専門誌『幽』は、記念すべき20号です。気がつけば10年です

 

生きるための勇気

もし自分が癌になったら、こんなふうに病気と向き合えるだろうか。本書は35歳の男性が、癌を宣告されるところから始まる。ほのぼのとしたタッチで病院内での闘病生活が描かれていくのだが、日を追うごとに主人公を襲う壮絶な痛みがじんわりと伝わってくる。だがそこには、苦しみだけではなく、人との交流や日々の慈しみ、著者の優しい視線も映しだされている。生きるための勇気がみなぎっている。「病気も贈り物だよな」後半の桜木さんの言葉が、また印象的だった。

重信裕加ここ数年会いたかった人と、連鎖的に偶然出会うことが多く、びっくりしています。パワーをもらいながら、いろいろと充電中です

 

読むほどにつらい

ほんわかした絵柄で淡々と描かれているのだが、なんとも厳しい闘病生活に、胸が痛くなる。前向きにがんばる主人公、それを全力で支える妻の早苗さん、苦しい入院生活で大変なのに悲壮感をただよわせない同室の入院患者たち。絶対に治るのであればがんばれるかもしれない。でも、治らないかもしれない……という不安とともに、闘病生活を送るのは本当にキツいことだと改めて思った。武田さんが病気を乗り越えて描いた本書を読むことができたことに感謝。

鎌野静華年末までに歯の治療を終えようと思っているのにもう1カ月以上歯医者さんから足が遠のいている。痛くないけど嫌なんだよなぁ

 

いい出会いを見つめられる力

妻の早苗さん、同室の田原さん桜木さん、主治医の吉田先生、アシスタント先のO先生などなど、武田さんは周りの人に恵まれている。でもそれは、武田さんが「ただ恵まれている」わけではなくて、そういうところを見つめて描こうという、意思と人間性を持っているからなのだと思う。なにより、生き延びて、「こういうマンガを描こう」という思い。この一冊が結晶化したことがどれだけ大きなことか。闘病という辛い経験を、真摯にやわらかに表現した作者に拍手を送りたい。

岩橋真実本誌P74で紹介の「さとうあやかのはいくサプリ」俳句の世界ってこんなに楽しいんだ!と毎回目からウロコです。ぜひ

 

このマンガが読める奇跡

何度読み返しても涙がこぼれ、たくさんの気付きがあった。腹の底から力が湧いてきた! テーマはシリアスだが、やわらかな絵柄はとても読みやすい。一方で切実な言葉が次々と胸に突き刺さり、絶妙なバランスで心を揺さぶる。登場人物たちもみんな味があって、どうしようもなく感情移入してしまった。そして読み終えたとき、何よりも本作が発表されたこと自体に感動を覚えた。マンガ家であることを諦めなかった著者と、彼を支えたあたたかな人々に心からの敬意を。

川戸崇央黒子のバスケ、どうでしょう特集をW担当。どちらもいま非常にアツいタイミングなので、初めての方にこそ読んでほしい!

 

「大切な毎日」を思い返す

私も入院生活を送った時期があった。そこで初めて、病室には独自のルールと雰囲気があって、24時間気を遣わなければならない大部屋があって、でもそんな同室の方の優しさに感謝することが多々あって、ふと窓から射す光に救われる日があることを、知った。本書を読むと思い返す。あの頃、どれだけ仕事したかったか。どんなに家族や友人と過ごす「普通」の日々を愛おしく感じたか。入院患者のありのままの心情を見事に描ききった名作。何度でも読み返したい。

村井有紀子『水曜どうでしょう』特集担当。表紙は祭のステージから撮影させていただきました。新作も最高。私も一生どうでしょうします

 

励まされる闘病記

こんなに自身を振り返り、反省し、自分を支えてくれる人、同じく癌にかかった人のことを丁寧に見つめる闘病記があっただろうか。もちろん、闘病記につきものの、副作用などの辛い場面もある。それでもマンガのコマの大半を占めるのは、登場人物たちが笑っている絵だ。こちらも励まされる気持ちになるのは、主人公がいつも目の前の状況に向きあい自省し、前向きに、前向きに進もうとするからだろう。作品全体を包む温かさがそのまま著者の芯の強さだと感じた。

亀田早希『怪談短歌入門』が大好評発売中です。〝怖い短歌〞をつくるエッセンスがぎっしり。東直子さんによる装画にもご注目ください

 

 

過去のプラチナ本が収録された本棚はコチラ

読者の声

連載に関しての御意見、書評を投稿いただけます。

投稿される場合は、弊社のプライバシーポリシーをご確認いただき、
同意のうえ、お問い合わせフォームにてお送りください。
プライバシーポリシーの確認

btn_vote_off.gif