トリッキーな構造の裏に隠された、驚くほどストレートな友情物語

小説・エッセイ

公開日:2013/12/3

北天の馬たち

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android 発売元 : KADOKAWA
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:貫井徳郎 価格:1,620円

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貫井徳郎と言えば「油断できない」作品を書くイメージがある。読みやすさにホイホイついていくといきなりひっくり返されたり、前のめりで読んでたら突然後ろから膝カックンを仕掛けられたり。だからこっちも、読む時は構えるクセがついた。騙されないぞ。

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本書の舞台は横浜の馬車道。持ちビルの1階で喫茶店「ペガサス」を営む毅志のもとに、2階を借りたいという人物が現れる。皆藤と山南と名乗ったこのふたりは私立探偵で、2階を探偵事務所にするというのだ。はじめは胡散臭さを感じた毅志だったが、2人の人柄に好感を持ち、いつしか喫茶店の空き時間に彼らの「S&R探偵事務所」を手伝うようになる。物語は、この毅志の視点で進む。

第1話で「S&R探偵事務所」が請け負うのは、少女に暴行をはたらいた男に対する復讐。本来の事務所の仕事ではないが、義理のある相手からの依頼ということで請け負ったのだという。毅志も重要な仕事を任され、見事目的を遂げたのだが……おや?

確かに目的は完遂したが、読者は(毅志も)ここで何か釈然としない気分になるだろう。何か引っかかる。これは額面通りに受け取っていいんだろうか? 悲しいかな、貫井徳郎作品の読者はすっかり疑り深くなっているのだ。そしてその予想は、ある意味、当たる。第2話、第3話と進むうちに「S&R探偵事務所」の企みが次第に明らかになる。個々の出来事が思わぬ形で絡み合い、そのたびに「そうだったのか!」と驚いたり臍を噛んだり。

だがしかし、どんなに手練れの読者でも、ここに描かれている結末は(テーマは、と言い換えてもいい)予想できないのではないだろうか。それだけ複雑な構造を取りながら、最後に浮かび上がってくるのは驚くほどストレートな「思い」なのだから。え、貫井徳郎がこんな話を!?

あ、せっかく「思い」とぼかして書いたのに、著者が雑誌やサイトで自分で「思い」の正体を語っているじゃないか。なんだ、いいのか。じゃあ書こう。本書のテーマは「友情」だ。むしろ、このストレート過ぎるほどの強い「友情」を描くために、こんな複雑なプロットが用意されているのである。まさかこういう方向に来るとは。また騙された。けれどこれは極上の騙され方だ。

と言いつつ満点をつけなかったのは、もっと毅志と「S&R探偵事務所」の絡みを見たかったのに、キレイに完結されちゃったから。これでは続きが読めないじゃないか。今回の話とは別に、「喫茶ペガサス」の面々と「S&R探偵事務所」の話って、何かないんですか貫井さん。他の依頼だって、2つや3つはあったでしょ? それ書いてくれないかなあ。


以前は角川書店の電子書籍には紙の本と同じ表紙がついていたのに、こんなのに変わってしまった。角川の表紙は各社の電書書籍の中でも群を抜いてきれいな画像だっただけに残念