【第150回直木賞受賞作『昭和の犬』レビュー】愛するものがあって幸せだった。ある女性の魂の再生の物語
公開日:2014/1/14
いまどきの東京の街角では、いろいろな種類の犬を連れて散歩する人をよく見かけますが、洋犬を飼うことがステイタスだった時代、そしてその犬種に流行があってペットのしつけも動物愛護もへったくれもない時代があったのです―—ついこの間まで。
第150回直木賞の受賞が決まった姫野カオルコの本作は、戦後間もない昭和30年代から平成19年までの間、移り行く時代を静かに生きる女性を描きます。
シベリア抑留の経験から精神的に不安定になった父親を持ち、その影響下で母親の精神状態も良いとは言い難い家庭に育った主人公のイクは、進学と同時に上京して家を出、間借り生活を繰り返します。間借りとは、食事が出てくる下宿ではなく通常の賃貸でもない貸間という状態。普通の家庭の一室を借り、トイレや台所を大家と共有し、風呂は銭湯に行ったりする、いまどきの下宿事情から鑑みればやや不便な生活です。
しかし、激しやすい父親と人生を諦めた母親から解放されただけで万々歳のイクは、清掃会社の庶務課で淡々と働き休日には名画座やフィルムセンターで映画を観る生活にすっかり満足しているのです。そんなイクなので浮いた話はありません。が、子どものころ大切な兄弟のように一緒だった犬や猫のエピソードや、間借り先の家族とのふとした会話など、恋愛よりももっと繊細な心の動きが細やかに描かれます。
そして最終章でイクがある真理に到達したとき、第三者から見れば些細な(動物好きでなければ見過ごすほど些細な)しかしイクにとっては人生最大に近い幸運が起こるのです。その幸運の目撃者となったことで、私も読書中幸福でした。不思議な余韻のある小説です。ぜひみなさまにも、イクの幸運の目撃者になっていただきたいです。
ハートがぽっかり抜けている親に育てられる、その空虚さを補ってくれるのが犬と猫なのです
犬好きならかなりぐっとくる描写。しかも目が那智黒みたいなんですよ。この仔犬にさわりたい!
(C)姫野カオルコ/幻冬舎