ニート忍者が大阪の陣へ──素っ頓狂にして正統派の万城目時代小説見参!【第150回直木賞候補作】

小説・エッセイ

公開日:2014/1/14

とっぴんぱらりの風太郎

ハード : iPhone/iPad/Android 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Kindleストア
著者名:万城目 学 価格:※ストアでご確認ください

※最新の価格はストアでご確認ください。

風太郎は、「ふうたろう」ではなく「ぷうたろう」と読む。とっぴんぱらりのぷう太郎、だ。秋田や山形では、民話の最後を「とっぴんぱらりのぷう」という言葉で締めくくる習慣があったという。めでたしめでたし、に相当する言葉だそうだ。つまり「物語はこれでおしまい」という意味である。なぜそんな言葉がタイトルに?

advertisement

時代は豊臣の世から徳川の世に移ろうとしている頃。主人公の風太郎は伊賀の忍者だ。しかし相次ぐ不運から、風太郎は伊賀を追い出されてしまう。京へ行ってはみたものの、仕事はない。つまりはニート…、プー太郎、風太郎という次第。そもそも戦国の世が終わり、忍者そのものの存在意義が薄れ始めているのである。風太郎も、そして忍者も、とっぴんぱらりのぷう、で終わってしまうのか?

その日暮らしの風太郎とのころに、同じく伊賀を追い出された仲間の黒弓がひょうたん(『プリンセス・トヨトミ』を読んだ読者なら、ここでニヤリとするだろう)を持って現れるところから物語は動き出す。不思議なひょうたんのせいで、風太郎は大阪の陣へと誘われて行くことになる。呑気にひょうたんを育てる前半と打って変わって、終盤は燃え盛る天守閣での死闘だ。

軽妙な語り口で、しょっぱなから万城目ワールド全開である。ひょうたんの精(と言っていいのかな?)に手玉に取られたり、マカオ出身で南蛮語を話すというヘンな忍者の黒弓と漫才のような掛け合いをしたり。『鴨川ホルモー』で見せてくれた、呑気な大学生の楽しい描写をそのまま慶長年間に移したかのような雰囲気に、にこにこしながら読む進む。けれど実は、かなりシビアなことを書いているのである。組織に属さずに生きるということの困難さ、組織に属したいのかそうでないのかわからない宙ぶらりんな自分、自分の得手とする技術が社会にとって不要のものになっていく憂い──そんな、現代にも通じる獏とした不安が物語の底にある。コミカルな展開や文体を楽しみながらも、その不安感はいつの間にか読者の心にひたひたと溜まっていく。

注目したいのは、これだけ忍術だ幻術だとスットンキョーな展開を見せながらも、記録に残されている史実は何一つ変えていないという点だ。如何に面白く辻褄を合わせて年表の隙間を埋めるかが歴史小説の醍醐味とするなら、本書は実に正統派の歴史小説の形式に則っているのである。それが、あらゆる方向に膨らむ物語の軸になっている。ぶれない軸が、物語の自由度を上げる。ファンタジーと歴史小説の最高の融合だ。

組織から離れた忍者に何ができるのか。楽しい掛け合い、魅力的なキャラクター、手に汗握るアクションシーン、圧倒的なクライマックス、そして壮大にして感動的なエンディング。娯楽小説の粋が詰まったこの作品は、同時に、社会からはぐれてしまった人たちへの力強い応援歌でもある。忍者というものに存在価値がなくなってきた時代、馘首になったぼんくら忍者が最後に命を賭してまで果たそうとしたミッションは何だったのか、その答えをじっくり噛み締めていただきたい。


人物紹介ページが可愛い!

章扉以外にも、中川学さんのステキなイラストがたくさん! これは紙の本にはない、電子書籍だけの特典