信長家臣団の男たちは、何のために出世を目指したのか【第150回直木賞候補作】

小説・エッセイ

公開日:2014/1/15

王になろうとした男

ハード : iPhone/iPad/Android 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Kindleストア
著者名:伊東 潤 価格:※ストアでご確認ください

※最新の価格はストアでご確認ください。

今年の大河ドラマ『軍師 官兵衛』の第1回放送の最後に、桶狭間の戦いについての話を少年官兵衛が聞くという場面があった。「今川の首をとった者より、今川のいる場所を信長に伝えた者の方が恩賞が多かった」と聞いて官兵衛が興味を持つという、軍師としての芽生えを感じさせる大事な場面だ。もしもあなたが『王になろうとした男』を既に読んでいたら、この場面でニヤリとしたに違いない。

advertisement

『王になろうとした男』は信長を巡る家臣たちを主人公にした短編集だ。これまでの伊東作品同様、決して歴史小説の有名どころとは言えない人物を主役に据え、戦国時代の男たちの生き方を綴っている。冒頭の「今川の首をとった者より、情報を伝えた者の方が評価された」という出来事は、「果報者の槍」に出てくる。その「今川の首をとった者」である毛利新助が主人公だ。毛利はそんな大手柄をあげながら、歴史の表舞台にその後名が出ることはなく、本能寺の変のときにも馬廻衆のままであったという。それはなぜか、が物語のポイント。

その親友で、武辺よりむしろ口が達者な塙直政の物語が2作目の「毒を食らわば」だ。直政はその口先ひとつでどんどん出世していく。この2作はまるでコインの裏表のように、まったく異なる資質と考え方を持つ二人の男を描いているのだ。いわば毛利は「槍」という専門職を全うし、直政は部下を従える一国一城の主たる管理職の道を選んだと言っていい。この2作を通じて見えてくるのは、自分には何ができるか、何が向いているかの判断が、いかに重要かということ。これは現代にも通じる。

信長に背いたあとで茶人となった荒木村重、信長の甥でありながら一家臣に甘んじていた津田信澄。上昇志向の強い者、そうでない者、はからずもその場所に祭り上げられてしまった者──様々な男たちを伊東は描く。白眉は何といっても表題作の主人公・彌介──モノモタバ(モザンビーク)の黒人で宣教師により信長に「献上」された黒人、ヤシルバだ。信長の小姓に黒人がいたというのは有名な話。奴隷の売り買いの果てに極東の島国の「王」に献上されてしまったヤシルバだが、信長とヤシルバは次第に心の交流を持つようになる。

他の話の主人公が、出世欲や野心といったものを前面に出しているのに対し、ヤシルバにはそもそも、その概念がない。その彼の変化が読みどころ。出世のために戦ってきた男たちの物語の、その最初に無欲の毛利新助を起き、最後にヤシルバを置いた。この構成こそが、著者のメッセージだと私は読んだ。


サムネイルは紙の本と同じ表紙ですが、本体の扉はこんな感じ

目次から直接各編に飛べます