「ほんとう」のわたしが分からない青春の彷徨を描いた切ない物語

小説・エッセイ

2014/2/15

自分なくしの旅

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 幻冬舎
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:みうらじゅん 価格:615円

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 一頃、「自分探し」という言葉が、吹き荒れる紅蓮の炎のように列島に渦巻いていた。道を行けば角ごとに自分を探している人がいた。『わたしを見かけませんでしたか?』(ハヤカワepi文庫)という本が出たのもその頃だったか。あるいは会社を辞め、あるいは大学をドロップアウトし、大工に弟子入りしたり、果樹園に働きに出たり、なんだかよく分からないが、インドをほっつき歩いたりしたんである。

 そうやって安定した環境を抜け出し、過酷な肉体労働に身を置き、強烈なカルチャーショックを飛び台にして「ほんとうの自分」を見つけ出そうとしたのだ。

 逆に言うと、ルーティンな生命活動の中にまぎれて、ほんとうの自分の人生が分からなくなったと誰もが思っていたのであろう。

 では、「ほんとう」とはなんだろう。

 わたしの経験からいうと、小学生のわたしと中学生のわたしは別人格であった。高校時代も同じだ。まして大学生、社会人。家庭の中にいる時と外の世界にいる時の自分も他人のように違う。さらに、こんなわたしがあんな自分でありたいと願うわたしと、そうであってはならぬとムチ打つわたしはいつも同居する。こんなわたしがあんな自分でありたい、と願うわたしをムチ打つわたしなんて偽物だ、と憤るわたしなんかもいる。

 もう「わたし」の竹林である。

 乾純という青年が、美大への入学を志して京都から上京し、2年の浪人生活を送る東京での暮らしを、みうらじゅん自身の回想記を思わせるスタイルで描いたのがこの小説だ。純は上京して叔父叔母の家に居候するものの、美奈という恋人ができてしまい、体よく追い出される。その間にも、予備校でデッサンの勉強に励みながらも1年目の試験に不合格となり、美術の私塾に通うことにしつつ、フォークシンガーへの道もあきらめきれず、優柔不断のために物事がうまく決められぬ自分を責め、あるいは童貞をどう捨てるべきか、しどろもどろとなって、煩悩と勉強のバランスに悶々と苦しむ日々が続く。

 ひとことで言ってしまえば、実に格好悪いのだ。そして青春とはバカだ。というか、無様なものだという意味において、ひどくリアルな物語であるといえる。形は違うにしろ、芯のところにある、孤独と性欲と勉学の間をふらふら揺れ動く苦しくも切ない毎日は誰の青春にもあったはずだ。

 こうした彷徨ののちに、純がどこにたどり着いたかはあえて書かない。

 たくさんいてどれがホンモノの自分なのか、みうらじゅんの持っているその結論は、たぶん正しい。


受験勉強のため東京に旅立つも、スタイルはフォーシンガー。なんやよう分からんやつだ

その青春は笑えるほど格好悪い

こうして純の予備校生活は始まる

東京で美奈という女の子と知り合う。なんかたいへんなお金持ちのお嬢さんのようだ

童貞喪失と浪人という身分との間を気持ちは千々に乱れる

母親が上京し美術の私塾に紹介される