理不尽な誹謗中傷と闘い続けた日々を克明に綴ったノンフィクション

2014/2/28

インターネットの闇に棲む悪魔 〜1,095日間の孤独な戦い〜

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著者名:倉地 明美 価格:※ストアでご確認ください

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 銀座のホステスをやめ、娘と2人暮らしを始めた著者は、ミクシィにブログを開設したところ、読者が1,000人を超え喜んでいたが、山田という男性からオフで会いましょうというメッセージが寄せられ、やさしく紳士的なメールの人だったから会ってみようと思い、出かけたら、これが大変に粗暴な酔っ払いで、つい住所を教えていたから自宅周辺に出没されるなど、不愉快を超えて恐ろしい思いをすることになった。

 しかし事態はこれで終わらなかった。やがてその男の知り合いだという男性多田があらわれ、いさめてあげるからと。こちらの男性の温厚で紳士的な態度に安心したのだったが、ある時期からこの多田も豹変し、前の男以上に剣呑で陰湿で暴力的な正体を見せ始める。その前後から激しいメールと電話での攻撃が始まり、インターネット上にも彼女や娘に対する誹謗中傷、罵詈雑言、脅迫、差別的発言、彼女の名前で立てられたスレッドにあることないことの悪口や嘘や噂が飛び交い始めた。この悲惨な状況を何とか収束させるまでの1095日間の苦悩と戦いの日々を記録した本である。

 インターネットの一部で行われているのは、「おかげ参り」みたいなものである。「おかげ参り」は江戸時代に60年ごとの周期で突如勃発したお伊勢さまへの群衆参拝だ。乱舞する群衆は伊勢に近づくにつれ膨大なものにふくれあがり、日常に鬱積した感情のはけ口として、「みんなやってるから自分もやっていいんだ」という気分になり、仕事も秩序も自分すら捨て去り、破壊的な、暴動じみた集団となって、道々のものを傍若無人に踏み倒しながら通っていったという。誰もそれをとめることはできない。

「みんなやってるから自分もやっていいんだ」は、本書に書かれた事件のひとつの大きな要素だろう。やっている方は祭りに参加している気持ちで、正義感から、あるいはため込まれた悪意から、ひとりの人物への集中攻撃が始まる。相手の顔を知らないことと、自分の顔も知られないことが、ますます拍車をかける。

 もちろん著者にとっては祭りではすまされない。なのに、著者のとった行動のどこに陥穽があったのかというと、うっかり住所教えたのは軽はずみだった、くらいしかいえることがない。

 インターネットのシステムは性善説で成り立っているが、そこに入っていくものは性悪説でかまえなくてはならないということだ。

 著者の泥沼のごとき闘いは、いつ誰の身に襲いかかっても不思議ではないと思い知らされる。理不尽な言葉の矢に突き刺される彼女の苦悩と怒りが全編を貫いている。


なんと職業カメラマンは嘘だった。少しずつぼろがはげていく山田

ふたを開けたらただのアル中

こんな男の車に乗っている場合か!

多田もこんなんなってます

警察に行ってもほとんど相手にされないのである

2ちゃんねるのスレッドには自宅住所や電話番号まで書き込まれるようになった