泣くつもりで読んだのではないのに、自然と涙が…辰巳芳子の生き様を知る

小説・エッセイ

公開日:2014/3/5

手から心へ 辰巳芳子のおくりもの

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : NHK出版
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:BookLive!
著者名:河邑厚徳 価格:1,132円

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 辰巳芳子さんは、プロの料理研究家が師と仰ぐ料理研究家であり、料理教室は10年先まで予約で埋まってしまい、いまでは入会できない。多少なりとも食べることが好きなら知らない方はいない(フード右翼の方はもしかするとまったくご存じないかもしれないが)。料理に関しても、生き方に関しても、しっかりとした芯が通っている、いまの日本で尊敬できる数少ない大人のひとりだ。

 2012年に公開された映画『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』は、料理研究家、辰巳芳子さんの生き方に迫るドキュメンタリー。河邑厚徳監督自身が「映画では尽くせなかった、辰巳芳子の余白にあるたくさんの謎を解こうと」綴ったのが本書だ。撮影の舞台裏で知り得たこと、映画と共通する辰巳さんの過去の原稿や発言、彼なりに解釈した辰巳さんの哲学をまとめたものだ。映画の双子の兄弟のような本だが、本のみ単体でも豊かで広大な辰巳さんの世界を窺うことができる。

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 この本は辰巳さんが「なぜおむすびの中心に梅干が入っているのか」生徒に問うところから始まる。「なぜ食べ物は美味しくなくてはいけないのか?」「食べるということはどういう行為なのか?」辰巳さんも自分自身に問いつづける。撮影開始直後に東北大震災が起こり、本格的に日本の“底が抜け”安全な食料の確保はますます困難になった。その状況下でなおも日本の食を豊かにしようと彼女が築きあげようとしている運動とは。米寿を迎えながらも学びを続け、新しく行動を起こす気力と活力に圧倒される。ハンセン病にかかりながら末期の友にスープを届けた読者との交流など、大変心を動かされるエピソードもある。この方のレシピ通りにつくれば、なんでも美味しく出来上がる。その理由が、わかったような気がした。

 辰巳さんのファンならばもう手になさっているかもしれないが“食”に関心がある方、環境問題に関心がある方、TPPに疑問を感じている方、すべてに読んでいただきたい。


火の使い分け、材料の使い分け、いかに細部に注意を払うか。料理の仕方は生き方に通じる

農業自給率の低下はなぜか、原発政策のお粗末さはなぜか、辰巳さんの疑問とともに、著者はさらに筆を進ませる

料理から仕事総論、人生訓へ。辰巳さんの豊かな精神世界。さて、壮年まで続いた人がどうなるか知りたければぜひ本書あるいは『味覚旬月』をお読みください