今月のプラチナ本 2014年6月号『千年万年りんごの子』 田中相

今月のプラチナ本

更新日:2014/5/12

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『千年万年りんごの子』 田中相

●あらすじ●

舞台は昭和40年代。生後まもなく寺の境内に捨てられた主人公・雪之丞は、寺の息子として育てられ、大学卒業を目前に青森のりんご農家の娘・朝日とお見合いをすることに。昭和の激動から離れ、東京から雪深いりんごの国に婿入りすることになった雪之丞は、新しい家族との生活と静かに移ろう四季に少しずつ心を解いていく。しかし、ある冬の日、突然寝込んだ朝日に雪之丞は禁断のりんごを与えてしまう。それは60年前に絶やしたはずの祭儀の復活のはじまりだった。祭儀の復活で、おぼすな様という土着神の妻となった朝日を救うため、雪之丞はある決断をする─。「第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞」受賞作、ついに完結!

たなか・あい●2010年、『まばたきはそれから』で、講談社のコミック誌『ITAN』の「第1回スーパーキャラクターコミック大賞」大賞を受賞し、デビュー。12年、初の長編『千年万年りんごの子』で「第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞」を受賞し、その安定した実力が高く評価される。主な作品に『地上はポケットの中の庭』『誰がそれを ─田中相短篇集─』などがある。

講談社KC×ITAN 各581円(税別)
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

 

いったい「神」とは何なのか

初めは夫婦の愛の物語のように読んだ。ラストの夫と妻、それぞれの選択にはぼろぼろ涙がこぼれた。だが読後しばらくすると、本作にはもっともっと遠大なスケールが感じられてきた。犠牲になる者がいて、生き長らえる者がいる。一人ひとりの単位で見れば理不尽な死と生が繰り返され、しかし家族全体、村全体、ひいては人類は、生き延びてきた。そのこと自体を「神」と呼ぶ感覚が、本作にはある。古代の異形のモノや、超能力を持つ一族などではなく、人が連綿と生き続けてこられたことそのものを「神」ととらえる感覚。都会で孤児として育った夫・雪之丞は、自分のことをそんな連鎖から断ち切られた存在と感じていた。だが違った。木の根の如く広がる地縁と樹形図のような血縁の只中に妻・朝日とともに飛び込んで、自分も世界=神=命の連なりの一部であることを知り、その先へも続く連なりを「ずっと見て」いくことになる。再読して、倍は泣きました。

関口靖彦本誌編集長。本作を読んで思い出したのは、とり・みきさんの傑作短編『山と音』。古き神の住まう村に帰る女性と、彼女を追う男性の行く末は? ぜひご一読を

 

りんごの国で考える。神様のこと

捨て子という存在を自覚し、温かい父母に実子のように育てられても、決して自分を主張することなく、流れに身を任せるように生きてきた雪之丞。家族のため家業のために恋愛や結婚に対する夢も希望を抱くこともなく、睨みつけるような形相で「入り婿さ来て下さい」と頭を下げた朝日。ある意味、自分の人生を誰かに捧げてきた似た者同士の二人。彼らが夫婦になったことでそれぞれにかけがえのないものを見出していくさまがなんとも愛おしい。知らずに村の禁忌を破ってしまった雪之丞の行為によって朝日はおぼすな様の妻となるが、村人全員、そして当人の朝日ですら、それを受け入れているのに、雪之丞だけはこれまでと人が変わったように感情を爆発させて抵抗する。そして狂気とも言える決断を下す彼の心境がやりきれない。神とは何なのか。それはやはり理不尽なものなのか。悲しい話だが、生きるための前向きな諦念に温かい涙が流れる感動作。

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ラストが深すぎて、切ない

文句なしの今年のイチオシ作品だ。禁断のりんごを食べた人はどうなるのか。アダムとイブのような罰が? いや違う。そんな簡単な話ではない。これは怖い物語なのだ。忌みごとを守る村の人々のありようが怖い。その団結が怖い。そして、まるで意思があるかのようなりんごの木がもっと怖い。
〝植物は何でも知っている”という本を読んだことがある。殺人事件を木の前で起こした場合、木は犯人を覚えているのだという。この物語の世界では、そういう木があってもおかしくない。りんごの木はまるで、過去を全て記憶しているかのようだ。そんなことを全く知らない都会の人が花婿としてやってきて、妻とその家族を知っていく中で、村の忌みごとを知る。自ら招いたその罪を償おうと、命をかける。穏やかで明るい妻は、すべてを受け入れている。けれど、夫の助けたいという切実な思いは……。ラストは深くて切ない。号泣間違いなしだ。

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何度読んでも揺さぶられる傑作

災厄を受け入れられない雪之丞に対して村の総代が語った「我々は贖いきれない祝福の業火の中生きておるのよ」という言葉が心に残った。怒りに燃える雪之丞と対照的に、妻やりんごの村の人たちは、この事態を静かに受け入れていく。この物語で起きた出来事を、田舎の因習とも大いなる自然の理とも明確に定義づけることは最後までできない。生きることに決まった意味などなく、大切な人との別れは人智を超えた力によって突然もたらされることがある。何事も諦めて生きてきた雪之丞は、これまでになく大きな力を前に、初めて自分の本音と向き合い、選択をする。本作は幻想譚だが、雪之丞や朝日の身に起きた出来事は、形は違っても少なからず誰もが経験することだともいえる。だが、たとえいつか奪われるとわかっていても、誰かと深くかけがえのない瞬間を共有できたなら、その幸福を胸に、人は軛を負い続けても強く生きていけるのかもしれないと思った。

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得るものと失うもののはざま

物語の舞台である青森にはイタコという巫女がいる。現世とあの世、彼女らは二つの世界を橋渡しする。外から来た者と土地を守るもの。得るものと失うもの。「我々は贖いきれない祝福の業火の中生きておるのよ」村の総代の言葉は、便利な社会を生きる私たちに重く響く。現代でもマジナイは生活に密着し、禁忌に触れた者には重いペナルティが課せられる。どの世界でも同じだ。だからこそ雪之丞は村の一部になろうとしたのだろう。切なく力強いラストが素晴らしい。

似田貝大介失う物といえば、黒史郎氏の『失物屋マヨヒガ』もオススメ。怪談専門誌『幽』21号の取材で、GW中は河童を釣っていました

 

温かくて切ない愛の物語

親を知らない都会育ちの雪之丞と、北国のりんご農家で育った明るい朝日。お見合いで出逢った若いふたりが少しずつ愛を育んでいく様子は愛おしく、自然がもたらす恵みや四季の美しさに、じんわり心が温まる。だが、朝日が禁忌のりんごを口にしてからは、物語は速度を増し、神に抗うことのできない人間の無力さをまざまざと見せつける。ふたりを翻弄する見えない力に立ち向かおうとする、雪之丞の決心。それはとても切ないけれど、愛と強さに満ちている。

重信裕加四季を慈しみ感謝するような、余裕のある大人になりたい。そう思いながらも毎週末のひきこもり生活に、日々反省

 

素敵な夫婦

切ない。切なすぎてどうにも気持ちの整理がつかなかった。村の人々との関係も、理不尽さに泣きたくなった。かわりにと言ってはなんだけど、東京での二人にときめいた。暗い影からの逃避という不安定な日々の中、ほんわかした愛情がそこここに漂って、二人が互いを想う気持ちが存分に描かれていた。ひだまりのような、つかの間の幸せ。こんな日がずっと続けばいいのに、というかこのままハッピーエンドで終わったらいいのに、と願わずにいられなかった。

鎌野静華引っ越しを思いたち、荷物を減らそうと服の整理をはじめたが、私はゴミの中で生活していたのかと思うほどの服の量。反省……

 

たとえ運命のてのひらの上でも

完結巻を、たいへん楽しみにしていた。期待を大きく超える素晴らしさ。3巻目で更に、遠く深い世界まで連れて行ってくれた。うまく言えないけれど、凄みとしなやかさに溢れた、見事な作品だと思う。描かれる運命は、胸が締め付けられるようにつらいけれど(読み返すたびに泣く)、重苦しいのに、清清しい。たとえ運命のてのひらの上、必然のなかの生だったとしても、人を恋う気持ちは尊く、感情の一つひとつが奇跡なのだ。この物語が生まれたことに感謝します。

岩橋真実第1回ダ・ヴィンチ「本の物語」大賞〈大賞〉受賞作『初恋は坂道の先へ』が5月16日に発売。くわしくは182ページを!

 

思わず泣いた朝日の言葉

読者を引きこむ幻想的な絵作りや紙面の絶妙なコントラストが、登場人物たちの純度高い思いを切なく胸に届け、揺さぶる。雪之丞と朝日という対照的な夫婦は、雪深い北国の暮らしを通じて徐々に愛を育んでいく。やがて禁忌を犯した二人は神と人とに翻弄され、決断を迫られるが、考えぬいた末にシンプルな思いでもって神に立ち向かっていく。土地や人、愛すべきものを愛する自分の気持ちを素直に受け入れること。二人の最後の選択をあなたも見届けてほしい。

川戸崇央『相棒』特集を担当。その裏でサッカー日本代表・遠藤保仁選手のノンフィクション『最後の黄金世代 遠藤保仁』も作りました

 

小さなフキダシには、やられた

第一巻を読んだ当時、これほど壮大な物語になるとは思っていなかった。ざわざわとした余韻を持つ不思議な作品だった。全巻読破して、改めて、思う。夫婦がやっと見つけた「愛」が、神に祝福されるどころか、神に引き裂かれてしまうなんて、なんて切ないのか。そしてその切ない感情を、どれほど揺さぶってくる作品なんだろうか。小さなフキダシの中の、手書き文字の言葉の数々に、ぐっときた。また番外編には、どこか救われた。ぜひこの才能に、触れてほしい。

村井有紀子『相棒』特集担当。毎日『相棒』再放送を録画していて、昨日は「右京、風邪をひく」を観ました。面白い……!

 
 

 

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