2014年6月松ケン主演で映画化! 人の心の傷を癒す山小屋の空気とは?

小説・エッセイ

公開日:2014/5/15

春を背負って

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 文藝春秋
ジャンル: 購入元:BookLive!
著者名:笹本稜平 価格:627円

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 「なぜ山に登るのか」「そこに山があるからだ」というやりとりは哲学的な問答であるばかりでなく、私たちにとっての真理だ。あの雄大な自然が訪れる者に生きる希望を与えてくれる。山の上にこそ生きる希望があるに違いないのだ。

 笹本稜平氏著『春を背負って』は、奥秩父の山小屋を舞台とした感動の山岳短編小説集だ。山を訪れる人々が抱える人生の傷と再生を描いたこの作品は、2014年6月には監督・木村大作氏、主演・松山ケンイチ氏で映画が公開される話題作。生きるとは何なのか。命とは何か。山の美しい風景の中で暮らす登場人物たちの姿は強烈に読者の胸を揺さぶる。

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 主人公は、脱サラをして亡き父親の山小屋「梓小屋」を継いだ長嶺亨。「あんたの親父さんが“息子をよろしく”って夢枕に立ったんだ」といって現れた父親の親友でホームレスのゴロさんとともに奥秩父の山小屋を切り盛りしている。一体ゴロさんにはどんな過去が隠されているのか? 高齢のゴロさんといつまで一緒に仕事ができるのか? そんな亨の心配をよそにその山小屋には変わった登山客ばかりが現れる。84歳のクライマー、雪山に現れる飼い猫と7歳の女の子…。さまざまな悩みを抱える登山客だが、美しい自然に囲まれたこの山小屋を訪れるうちに、自然とみな癒されていく。

 山岳小説と言えば手に汗握るクライミング描写が中心のストイックなイメージがあるが、この小説には人の温かさが感じられる。読み通せば、表題のように、春を背負ったような温かい気持ちになれるに間違いない。

 「亨さんやゴロさんやお客さんたちと接しているだけで。気持ちが明るくなることに気づいたの。それは私にとって生きるために必要な空気のようなもの」。父の死後、うつ病になったOL・美由紀も山での暮らしの中で次第に癒されていく。彼女の父が最期まで記憶していたという一面のシャクナゲが眼に浮かんでくる。

 そんな自然の姿と同じように、亨の一番のパートナーであるゴロさんは亨を見守り続ける。「雨が降ろうが風が吹こうが、自分にあてがわれた人生を死ぬまで生きてみるしかない」。無為自然に生きるゴロさんを頼りにしながらも、自分を頼ってくれない彼に寂しさも抱えている亨。だが、2人のコンビネーションは抜群。どんな事態に陥っても2人ならば乗り越えることができるだろう。ゴロさんに支えられながら、山での暮らしを何も知らなかった亨も次第に成長していく。

 自然とともに呼吸をしていれば、自分の心が澄んでくるのがわかるだろう。この小説を読めば、思わず山に登りたくなってしまう。心温まる感動のストーリーは映画公開前に読んでおくべき1冊だ。


父親の山小屋を継いだ亨の元に、ゴロさんがやってくる

ゴロさんに次第に信頼を置いていた亨は警察がゴロさんを訪ねてきたことに動揺を隠せない

山小屋にやってくるのは変な客ばかり。ときには花泥棒に苦しめられることもある

だが、山にはどんな人の心も癒す力がある