中野ブロードウェイの精神科医院に集まる怪しい患者たちが次々と事件に遭う

小説・エッセイ

2014/6/28

様子を見ましょう、死が訪れるまで ― 精神科医・白旗慎之介の中野ブロードウェイ事件簿

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 幻冬舎
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:春日武彦 価格:1,123円

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 「ゆるキャラ」というのがはやっている。でも、はやり方が間違ってはいないか。

 そもそも「ゆるキャラ」というのは、はじめっから「ゆるキャラ」なのではない。最初は、企業やイベント、地方自治体などのイメージアピールのためのマスコットキャラクターとして、非常にまじめな志のもと苦心のすえ作り出されたアイテムたちだ。ところができあがったものをこっちから眺めてみると、実にもう妙ちきりんなへんてこりんな野郎にしか見えない。これでもかとあれこれ盛り込みすぎてわけの分からない事態に陥ってしまっている。そういう事象が日本国のあちこちで起きていったのである。

 そういう当事者たちのまじめな意気を裏切るように生成した、しかしまことにファニーな、愛すべき失笑を誘う、意味不明のマスコットを、言い出しっぺのみうらじゅん氏が「ゆるキャラ」と名付けたのだ。

 だが、幸か不幸か「ゆるキャラ」なる言葉がヒットしてしまった。ヒットして先走りを始めた。イメージマスコットのことを「ゆるキャラ」と呼ぶんだと次第に勘違いされていったのである。先走りした勘違いにかなうものはいない。「ゆるキャラ」コンテストで勝ち抜くのがふつうにかわいい着ぐるみたちなのはそのせいだ。そこには、私たちをなごませてくれ、脱力させてくれる、あの「愛くるしい失敗」というものが欠けているではないか。

 『様子を見ましょう、死が訪れるまで』は、ゆるーい小説である。堅実さを狙ってゆるくなっているのではない。心地よいゆるさを狙って成功させているのだ。これはもう読んでいるとニンマリせざるを得ないはず。

 語り手の「わたし」は記憶喪失者。ポケットに入っていた免許証からかろうじて灰田砂彦なる本名が分かるばかり。ただし、人の脈をとると、その人物が潜在的に抱いている欲望を感じとる特殊な才能を身につけている。

 灰田を助手として医院に勤めさせているのが主人公の精神科医白畑慎之介だ。来る患者来る患者、灰田に脈をとらせては裏から情報をカンニングするという脳天気な御仁。患者の帰っていく背なに「様子を見ましょう」とつぶやくのが口癖。これは、精神の病はアップダウンはあるものの、総じて一生続く苦しみなので、その死が訪れるまでずっと様子を見ましょうというレクイエムのようなフレーズなのだ。

 さて、5つの連作短編からなるこの物語には、カニバリズムやら窃視願望やらを密かにかこつ猟奇の患者たちが次々とやってくる。次々とやってきては殺害されたりなどして事件に巻き込まれるあつらえになっているのだが、この事件がまったく解決されない。解決されないまま灰田と白畑の間には、日常のどうでもいいお喋りがまったりと展開されてゆくのだ。「ゆるさ」にぬかりない。

 おわかりと思うが、この作品のしつらえは、「ホームズ」にかたどっている。小さな診察室を訪れる悩みを抱えたものがやがて事件に巻き込まれ、まるで快刀乱麻じゃないけれど、いちおうそこへかかわる白畑。記述する助手の灰田。加えて、モリアティー教授を思わせる、事件を裏からあやつっているらしい月村蟹彦というフィクサーが陰を差せばその結構は明らかなのである。

 もうひとつ、舞台となっているのが「中野ブロードウェイ」というのがなんとも憎い。東京の中央線中野駅の駅前に走るこの商店街は、漫画やフィギュアなど、オタクの大本山といえるさまざまな店舗がひしめきあうディープな通りなのである。言い方を変えれば、きわめて「怪しい」オーラの見本市だ。ここになら、けったいな欲望を抱くいかがわしい患者が吹き寄せられてきてもおかしくないと、リアリティたっぷりの読み心地となるわけだ。

 様子を見ないで、読んでみては。


語り手は記憶喪失

灰田は白畑と出会う

最初の患者はカニバリストだった