今月のプラチナ本 2014年8月号『街場の共同体論』 内田 樹

今月のプラチナ本

公開日:2014/7/5

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『街場の共同体論』 内田 樹

●あらすじ●

「日本一のイラチ(せっかち)男」を自認する内田樹が、家族論、地域共同体論、教育論、コミュニケーション論、師弟論など「人と人の結びつき」のありかた、現代日本の難題を、鮮やかに斬りまくる。「父親の没落と母親の呪縛」に凍りつく家族、いじめとモンスターが跳梁跋扈する学校、一億総こども化する日本社会……。「当たり前のこと」が通じにくい今の世の中、いったいどうしたらいいのか。そんな疑問にわかりやすく答えてくれる著者の言葉には、私たちの未来を見出すためのいくつものヒントがつまっている。

うちだ・たつる●1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院博士課程中退。武道家。神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。多田塾甲南合気会師範。著書に『ためらいの倫理学』『「おじさん」的思考』『先生はえらい』『昭和のエートス』『呪いの時代』『街場の憂国論』など多数。『私家版・ユダヤ文化論』で第6回小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞2010受賞。第3回伊丹十三賞受賞。

潮出版社 1200円(税別)
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

 

自分の「義務」を考える契機

資本主義社会という、勝者のおそろしく少ない競争の中で息切れしているすべての人におすすめしたい一冊。私も社会人になって16年、常に「いつか脱落する」という恐怖に追い立てられてきた。そんな、いざというとき助けてもらえない社会に生きていることの不安感に対して、本書が与えてくれるのは安直な「解決策」や「癒し」ではない。助けてもらえないという恐怖は、自分が誰かを助けてこなかったからこそなのだ、という「自覚」だ。自分も責任を持つ、ということから、どれだけ我々が逃げ回ってきたか(どうりで何歳になっても大人になれた気がしないわけだ)。本書の「強者には支援する義務が、弱者には支援される権利がある」「年長者には、年若い同胞を支援する義務がある」という文章を読み、自分に相応の「義務」を考えた。そして行動を始めることでしか、自らの不安感は払拭できないのだ。簡単な道ではないが、可能性を感じられたことがありがたい。

関口靖彦本誌編集長。自分の状況が変わっていくにつれ、読み返すと新たな発見がありそう。その場しのぎの対症療法ではなく指針をくれる、まさに師匠のような本です

 

相手に一歩近づく

誰もが日常生活の中でなんとなく感じていることを、明解に分析して歯切れのいい言葉で私たちに共有させてくれる内田樹先生。今回も思わず膝を打った指摘がいろいろあったが、もっとも「なるほど」と思ったのはコミュニケーション能力の解釈。内田的見解は単に他人との意思疎通に長けたということではなく、「コミュニケーションが不調に陥ったときに、そこから抜け出すための能力」であり、「ふつうはしないことを、あえてするというかたちで発動」するのだという。要はイレギュラーに如何に対処できるか。内田先生はその方法として「自分の立場を離れて、身を乗り出す」こと、「相手の体温が感じられるところまで近づく」こと、それは「相手に対する敬意の表現」になるからと説く。日本の現状と未来についての憂いが満載の本書を絶望的に受け留とめずにすむのは、対処法が比較的身近で、これなら私にもできる、まだなんとかなると読者が思えるからだろう。

稲子美砂6月20日『短歌ください』が角川文庫より発売。穂村さんも感激の素敵な解説を書いてくださったのは俵万智さん。エキゾチックな陣崎草子さんの装画も魅惑的

 

未来を思考するための必読書

都議会議員の発言も小保方さんの件も、根っこは同じだ。今、急速に男尊女卑の社会論理は崩れている。そんな沈みかけた船にしがみついている旧人類たちは、そのまま沈んでしまえ!と偏頭痛に悩む私は過激な発言をしてみたが、これって女子の本音だよね。この本を議員たちに読ませたいよ。日本の教育は、イエスマンを育てるものだった─つまり「自己利益の追求を教育されて」大人になり、「畏れという礼儀正しさ」を知らず、盲目的に競争社会の中で効率よく自己利益を追求して暮らすように教育されたのだ。それに負けたらどうなるのか。内田先生はいう。「ラッキーな人」を探し、「弟子」として師匠に「機嫌よく暮らす方法を学ぶ」のがベターだという。現状を打破する力は、「コミュニケーション力」。それは「どうしてよいかわからないときに、どうしたらよいかがわかる能力」だという。さあ! たち上がれ、奴隷のような暮らしはもうこりごりだ!

岸本亜紀偏頭痛に悩む今日、このごろ。『幽』の校了が終わったので、秋に刊行予定の伊藤三巳華さんの新刊、大田垣晴子さんの新刊準備にはいります!

 

自分が「おとなになってみる」

内田先生には弊誌で長く連載をして頂いており、私は担当編集ということで、教育論、師弟論などについて、じかにお聞きする幸運な機会に恵まれていた。毎回、内田先生のお話を、それこそ耳だけでなく体中の毛穴からも吸収できないものかと真剣に聞いていた。本書の中に、弟子が師から学ぶのは、知識や技術ではなくて、「学び方」。「師を欲望する仕方」であると書かれている。とにかく内田先生のお話を欲望していた私は、いつの間にか「学び方」を教わったのだと思う。そして私は本書を、先生のお話を聞くときのように、一字一句貪るように、読み耽った。世の中に対して、家族に対して、自分に対して、感じている、言葉にできないもやもやの正体を明らかにして頂いたように思う。では、この先はどうすればいいのか? 読後、誰かじゃない、もう自分がやらなくてはいけないと思った。内田樹の本を読んだことのない人にもぜひ読んでほしい入門書的一冊。

服部美穂 「池井戸潤特集」は超豪華保存版! イラストレーターの赤尾真代さんが描いて下さった「池井戸作品キャラクターズ」のリーマンたちの実在感がすごいです!!

 

引き換えに失った物とはなにか

お年寄りの話を訊くことが好きだ。彼らが過ごした背景や文化を想像するほどに、放たれる言葉は力強さを増してゆく。自分はもちろん、その上にいる父親世代との圧倒的な差異を、痛烈に感じてしまうのだ。父親の威厳はどう失われたのか、その過程が本書に描かれている。そして時代の潮流に呑まれるように、我々は多くのものを気づかないうちに失っているという。過去を知り、現状をよく見て、未来に繋げるために、たまにはゆっくりと日本人の行く末を考えてみたい。

似田貝大介怪談専門誌『幽』21号が絶賛発売中。今号は10周年記念特大号です。いつもに増して豪華な執筆陣に御寄稿いただきました。感謝

 

「当たり前のこと」をもう一度

人が輝ける社会になどと政治家たちが新しい政策を掲げるたびに、いったいそれは誰のための改革なのかとウンザリしていた。そんな私のように思考を止めた人間こそが、未来の「未熟な老人たち」であると、本書は喝を入れる。未成熟で利己的な日本のシステムを補正するためには「縦軸の人間関係を取り戻す」ことが必要だと内田先生は言う。「年長者には、年若い同胞を支援する義務がある」のだと。当たり前のこと、自分にできることから、もう一度始めてみようと思う。

重信裕加2週間以上も風邪が長引き薬がまったく効かない。友人によるとスッポンがいいらしい。あぁもう、立派に中年なんだなぁ……

 

失敗できる社会を作るには

「今の日本社会には、若い人たちの成熟を支援するという発想が欠如しています」という一文。自分は年上の人からいろんなギフトを貰っておきながら、自分が渡す番になったとき、たとえば職場で後輩に、昔先輩からもらったものと同等のものを渡しているだろうか。できるようになるまで見守るには、時間と手間がかかる。怒らなきゃいけないし、危なくなったら助けなきゃいけない。大変だけど、世代によるセーフティネットはとても大事だ。意識するだけでも違いそう。

鎌野静華人生初オーダーカーテン。高いからレースは市販でいいやと思ったら、そもそも窓のサイズが微妙で市販品がないっ。なぜだ~!

 

大いなるものへの敬意

内田樹さんの説き方にはいつも心が躍る。ぼんやり思っていたことが言語化され、自分とは異なる考えでも、停止していた思考が動き出す。「弟子という生き方」の講で、師への信頼に関する「物語」のくだりは特に感銘をうけた。ある作家さんが語ってくれた、あくまで巫女的な媒介者でどこかにある小説意思のようなものを降ろし小説を書いている、自分はちいさいもの、という感覚と繋がるものを感じた。自らの外側にある大いなるものへの敬意から生まれる世界に、惹かれます。

岩橋真実雪舟えまさん『プラトニック・プラネッツ』7月11日、山岸凉子さん『テレプシコーラ/舞姫 ポストカードブック』18日発売です!

 

ぼくもおじさんになりたい

古市憲寿さんは近著『だから日本はズレている』で「大人たち」を批判しながらも、いずれ自分は「おじさん」になると結んでいる。しかしこの場合の「おじさん」とは若者ではない、という意味であって、守りに入った「大人たち」とは峻別される。内田さんは若者から見ると「おじさん」ではあるが、若者から搾取する「大人たち」では決してない。こんな素敵な本を書いて下さって本当に有難うございます。皆さん、読んで下さい。ぼんやり感じていたことが整理されます。

川戸崇央北尾トロさんの『季刊レポ』という活動は、まさに内田さんが言う次世代へのパス。身近にそういう方がいて本当に幸せです

 

折り目だらけになる本

帯に〝「当たり前のこと」に帰着します。〟とある。これまで私は「当たり前のこと」をルールで覚え、きちんと頭で理解してこなかったのかもしれない。けれど内田先生の本を読むと、それがすっと頭と身体に染み込んでくる。「コミュニケーション能力とは何か」の章で「相手の知性に対する敬意を持つこと」から「コードを破る」と論じられているページに、特に大きく折り目をつけた。本書は思考への導きを与えてくれる。折って、取り込んで、自分で考えていかなくては。

村井有紀子フジファブリック特集担当。次のアルバム楽しみすぎ。本もさながら音楽との出会いもご縁かなと思うので、皆様ぜひご視聴を!

 

愉快に生きていくために

ちょっとでも弱いところがあると、とたんに生きづらくなるのが現代の日本。巷に充満する違和感や閉塞感の正体を、著者は平易な言葉で明快に語ってくれる。何となくヘン、と漠然と抱いていた気持ちの正体がわかり、考えるきっかけへと変わっていく。答えはすぐに出ないけど、当事者意識をもち、考え続けることで、きっと変わることがあるはず。「お互いに迷惑をかけたりかけられたりしながら、愉快に生きてゆく」ことが当たり前にできれば、様々な問題が解消しそうだ。

光森優子創刊十周年を迎えた怪談専門誌『幽』編集に初めて参加し、感激もひとしお。中山市朗さんの『怪談狩り 赤い顔』もうすぐ発売!

 

海外で感じた「教育」の必要

昨年7年勤めた会社を辞めてしばらくニューヨークで生活をしました。彼らのリアルな息遣いを間近で感じると同時に、自分が何者であるのかという問いを常に受け続ける日々でもありました。内田先生はこの本の中で、子供たちがそれぞれの仕方で「天才」であるような仕組みを作りたいとおっしゃっています。圧倒的な疎外感の中で、自分をクリアに表現する技を身に着けてこなかった事への後悔が、読んでいて何度も甦り、教育という難題について考え直しました。

佐藤正海私が真剣に仕事をしているので私の友人らが驚いています。本を作ることが実は楽しいということも久々に思い出しました

 

現代社会の「見える化」

耳が痛い。その一言に尽きる。恥を忍んで言えば、私自身、内田先生が、ほんとうにいるのです、と例に出すような学生だった。足を引っ張り合うのはやめよう、上の世代からの恩恵を下の世代に返そう。こんな当たり前のことすら忘れかけている自分や社会の姿が、あくまで冷静で、丁寧な語り口によって、霧が晴れるように見えてくる。日本の行く末に言いようのない不安を抱いている人に、是非読んでほしい。きっとその“言いよう”を提示してくれるはずだ。

鈴木塁斗新人編集です! 大好きな本とコミックを仕事にでき、感無量です。もっとたくさんの人に読書が愛されるよう、がんばります

 

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