【直木賞ノミネート】テロが蔓延する近未来・日本でアナタならどう生きる?

小説・エッセイ

更新日:2014/7/8

私に似た人

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 朝日新聞出版
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:BookLive!
著者名:貫井徳郎 価格:1,512円

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 理系の人間は発明の力で「世界を変える」ことができ、文系の人間は政治や文学、芸術の力で「世界を動かす」ことができるのだから、すべての人間がこの社会にとって必要不可欠な存在なのだ、と素直に信じることができたあの時代に戻りたい。世の中の大多数が世間に何のインパクトも与えられないまま死んでいくと気づいてしまう程度には、すべての人間は冷めた大人になる。もう何も考えようとせず、周りに流され、自分自身の意見など主張できずに、頷いてばかりいる日々が、ただ静かに過ぎていく。こんなはずではなかったのに、いつから人はこうなってしまうのか。個人に非はないはずだ、すべて社会が悪いのだ、と責任転嫁したくなってしまう気持ちはわからなくもない。

 貫井徳郎氏著『私に似た人』は、閉塞した現代という時代を生きる10人の主人公を描いた連作短編集。第151回直木賞候補作にもノミネートされているこの作品は、満たされない今の日本社会に切り込んでいく。低い給料で明日の命も知れず生きる者も、温かい家庭を持ち、恵まれた生活を送っているはずの者も、すべての人がなぜ今の時代に生きにくさを感じるのだろうか。悩みが尽きない歪んだ世界を貫井氏はビビッドに描き出す。

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 舞台は、「小口テロ」が日常的に起きるようになった近未来の日本。組織として集団で建物や施設を襲う従来のテロとは異なり、「小口テロ」では、実行犯たちは一様に自らの命をなげうって無差別殺人を決行し、冷たい社会への抵抗を示していた。貧困層に属する実行犯達は、社会から孤立しているという共通点はあるものの、計画性もなく、些細なことをきっかけとしてテロへと身を投じ始める。なぜ世間に「小口テロ」は蔓延してしまったのか。テロを巻き起こす者や被害者など、10人の登場人物たちの視線で、「小口テロ」が日常化した世界を描き出す。

 「小口テロ」を引き起こしてしまう貧困層の実態はあまりにもリアルだ。たとえば、犯人の1人には、給料の中から食費を捻出するのもやっと、大した友人もいない日々を過ごす者もいる。野良猫やネット上で関わり合う女性だけが癒しで、毎日何の目的もなくただ生活している者が些細なことで日常に耐えられなくなってしまう。プツンと糸が切れたかのようにテロを巻き起こす犯人の姿は強い悲哀に満ちている。

 この物語の中で重要なキーとなるのは、ネット上の世界だ。「小口テロ」の犯人も「小口テロ」を恐れる者も、スマホに依存し切っている。スマホの小さな筐体にその人の生活すべてがぎっしりと詰まっているといっても過言ではない。ネット上でのやりとりが自分自身の心の支えや人生の指針となることだってある。そういう日々の満たされなさを社会に対して訴えるべきだと、「小口テロ」を教唆する者まで現れる。一体、日本はこれからどうなってしまうのか。誰が「小口テロ」の黒幕なのか。淡々と進む物語は読む者を深く暗い渦へと巻き込んでいく。

 一体、どこに正義があるのだろう。他人を傷つけるようなテロは許されないと思うものの、「今の時代は間違っている」という歪んだ正義感で「小口テロ」を引き起こす者たちの悲痛な叫びにもどこか共感してしまう。格差社会の厳しい現状の中で、どの層に属していようが登場人物たちは誰もが暗澹とした時を過ごしている。誰もが幸せになりたいだけなのにどうして上手くいかないのか。より良い時代を生きるにはどうしたら良いのか。世知辛い現代という時を生きるすべての人、必読の1冊。


小口テロに関わりのある人々を追った作品。犯人たちの気持ちがわかってしまうという主人公も登場

義憤から社会に対する復讐をして、得られるものとは何なのか

小口テロを教唆する者も現れる。黒幕は一体誰なのだろうか

みな幸せな国を作りたかっただけなのに、なぜこうなってしまったのだろうか。驚きの結末から目が離せない