【ダ・ヴィンチ2014年9月号】今月のプラチナ本は『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』佐々涼子

今月のプラチナ本

更新日:2014/8/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『紙つなげ!  彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』 佐々淳子

●あらすじ●

宮城県沖を震源とした巨大地震と太平洋沿岸に押し寄せた大津波による未曽有の大災害、東日本大震災。2011年3月11日、宮城県石巻市の日本製紙石巻工場は津波に呑みこまれ、完全に機能を停止した─。日本の出版用紙の約4割を担っている日本製紙。その基幹工場である石巻工場の従業員たちは、震災発生からさまざまな困難を乗り越え、「何があっても絶対に紙を供給し続ける」と、出版社と本の読者のために力の限りを尽くした。石巻工場で働く人々の熱い想いと奇跡の復興を綴った傑作ノンフィクション。

ささ・りょうこ●1968年生まれ。早稲田大学法学部卒業。日本語教師を経て、ノンフィクションライターに。新宿歌舞伎町で取材を重ね、2011年『たった一人のあなたを救う 駆け込み寺の玄さん』を刊行。12年『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』で第10回集英社・開高健ノンフィクション賞を受賞。

早川書房 1500円(税別)
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

 

“当たり前”は奇蹟なのだ

資本主義社会という、勝者のおそろしく少ない競争の中で息切れしているすべての人におすすめしたい一冊。私も社会人になって16年、常に「いつか脱落する」という恐怖に追い立てられてきた。そんな、いざというとき助けてもらえない社会に生きていることの不安感に対して、本書が与えてくれるのは安直な「解決策」や「癒し」ではない。助けてもらえないという恐怖は、自分が誰かを助けてこなかったからこそなのだ、という「自覚」だ。自分も責任を持つ、ということから、どれだけ我々が逃げ回ってきたか(どうりで何歳になっても大人になれた気がしないわけだ)。本書の「強者には支援する義務が、弱者には支援される権利がある」「年長者には、年若い同胞を支援する義務がある」という文章を読み、自分に相応の「義務」を考えた。そして行動を始めることでしか、自らの不安感は払拭できないのだ。簡単な道ではないが、可能性を感じられたことがありがたい。

関口靖彦本誌編集長。エピローグの「また、来てください! 今度は明るい話をしたいです。何か、楽しい話を用意しておきますから!」に感涙。生命の原動力を感じた

 

紙の持つぬくもりが心を温める

我々は“当たり前”に慣らされて、感謝も喜びも忘れて生きている。本はいつでも買える。それが当たり前だと信じ込んでいる。その薄っぺらな“当たり前”をひっぺがして、中に詰まった熱いどろどろを見せてくれるのがこの本だ。登場する人々は誰もがちがう状況にあり、それぞれの幸と不幸を経て、それでも生きていく決意をしたときに、たくさんの意志の交点として「再び紙を作る」ことが浮かび上がった、そして実行した。奇蹟だ。そんな奇蹟が、我々の“当たり前”を成す一部なのだ。紙を作る人がいて、著者が、編集者が、装幀家が、印刷会社が、書店がいて本が出来る。そして本書にあるとおり、「読者もまたそのたすきをつないで、それぞれが手渡すべき何かを、次の誰かに手渡すことになるだろう。こうやって目に見えない形で、我々は世の中の事象とつながっていく」。“当たり前”は奇蹟の連鎖だ。そして我々ひとりひとりが、この連なりを更につないでいくの

稲子美砂又吉さんが『第2図書係補佐外部活動』で薦めてくれた『勇者たちへの伝言』が良かった。本書も、心の中にやる気の炎を灯してくれる切なくも熱い一冊です

 

何も知らなかった自分を恥じた

編集者になりたてのとき、ある著名なデザイナーさんが教えてくれた。「本文用紙は本作りの中でとても重要な部分だ。だって、読者は読んでいる間、一番たくさん目にするでしょう?」​本は見た目や帯文が勝負と思っていたので、その教えは目から鱗だった。そして今、この本を読んで、再び目から鱗だった。復興困難な状況にありながら、現場の方々がどんなに熱い思いで、プロ根性で、愛情を持って機械を動かしたのか。そういえば、雪は降っていたし、たくさんの死があった。私は知っているつもりで何も知らなかった。本書に書かれた現場担当者の言葉が響く。​「文庫っていうのはね、みんな色が違うんです。講談社が若干黄色、角川が赤くて、新潮社がめっちゃ赤。普段はざっくり白というイメージしかないかもしれないけど、出版社は文庫の色に『これが俺たちの色だ』っていう強い誇りを持ってるんです」私はそこまで思っていたか。思いを新たにした一冊。

岸本亜紀次回の『Mei(冥)』は11月刊行になりました。ただいま準備中。10月刊行のライトワーカーれい華さんの本を鋭意作っております。乞うご期待!

 

襟を正して私自身も紙つなげ!

震災直後、日本製紙の石巻工場が大変な惨事で本誌の紙もどうなるかわからないと聞かされた。半年で工場が再開し、紙ももう心配なさそうだと聞いて、よかったと思った。しかし本書を読んで、それがどれほどすごいことだったのか思い知らされた。出版社に紙を届けるため、どれほどの犠牲と矜持を持って、工場の人々がことにあたってくださったのか。日本製紙だけじゃない。当時、被災地では多くの人たちが、たすきをつなぐために必死で働いたのだ。私は、震災から3カ月後、本誌震災特集号の取材のために東北に赴いた。だが、目の前には想像を超えてきれいに整備されている道路があった。その場所の震災直後の状況を聞くにつれ、たった数カ月でここまで戻したのかと驚愕した。本書を読みながら、その時お話を聞いた人々の顔が浮かんだ。そのたすきと紙をつなぐ者として自覚を持てとあらためて発破をかけていただいたような気がする。がんばろう。

服部美穂 創刊20周年の今年、連載200回突破を記念して、「アラーキーの裸ノ顔」の写真集を出版すべく現在企画進行中です。この写真集にb7バルキー使えないかなあ

 

彼らが日本の本を作っている

とにかく頭が下がる。その思いで一枚一枚紙をめくった。書籍や雑誌は、紙を抄き、印刷し、製本する工場で作られている。当時、石巻工場の様子を知り、刊行を控えていた書籍を先延ばしにする算段をしていた。けれど、すべて世に出すことができた。それがどれほどのことだったのか─。著者は多くの人びとに取材し、その複雑な感情を聞き出し、テレビや新聞では報じられない真実を詳細に描いている。工場を支えた彼らの誇りと意地に、感謝の言葉しか湧いてこない。

似田貝大介震災直後のGWに石巻工場へ行った。圧倒され、なにもできなかった。いま何事もなく書店に本が並んでいること。それが嬉しい

 

本に込められたさまざまな想い

東日本大震災の直後、本を作っていた当時の状況を思い出した。「本当に出せるのか」「文庫本の紙がないらしい」と各所の状況が呑みこめず、誰もが右往左往していた。恥ずかしながら、私も震災前まで、この日本製紙石巻工場8マシンのことを知らなかった。本が書店に並ぶまで、どれだけ多くの人たちが関わっているかということをあらためて考えさせられた。工場復興への従業員たちの熱い気持ち、プロとしての誇りがつまったこの一冊。ぜひ多くの方々に伝えたい。

重信裕加震災直後から工場復興までのいろんな方々の証言に涙しました。いま当たり前のように紙の本が出版できることに感謝いたします

 

仕事に誇りを持つことの価値

日本人の仕事観ってすばらしいと思う。「8号が止まるときは、この国の出版が倒れる時です」という言葉に、どれだけ大きな責任と誇りが詰め込まれているかと思うと震える。きっと仕事に責任や誇りを感じることができるのは、想像力があるからだ。ねじを作る人は、そのねじが何に使われているのかを考える。米を作る人は、どんな人が食べるのかを考える。自分の仕事が社会の“あの部分”で必要とされている、と思えるか思えないか。仕事の質に直結する大きな差だ。

鎌野静華少女マンガ特集を担当。全然載せきれていませんが、きゃー!ってなること必至です! いま編集部には山のように少女マンガが!

 

本を読む全ての人、必読の書

11年5月5日の石巻工場の写真が、私のデジカメの中にはある。当時担当だったトロイカ取材中、この目で見たいと車を回してもらったのだ。看板は辛うじて見えているが、瓦礫の山。巻末の口絵を見ると思い返して涙が出る。正直、これは無理だと思った。だが本書を読むと、とうに「半年後にマシンを動かす」ために動いていたという。なんという心意気だ。美談ばかりではない内容も、本書には綴られている。それも含め、私たちが知るべきことが詰まっている必読の書だ。

岩橋真実当時、私の我儘を聞いてくれたトロさん、日高さん、運転してくれたハラダさんに深謝。「復興へのキセキ。」展も素晴らしかった

 

磯の香りはしないけれど

この本と出会ってまずしたことは、紙の匂いを嗅ぐことだった。それから石巻の海に思いを馳せた。すべてはあの海から始まったことなのだと。震災のあの日まで、私たちが当たり前に手にとっていた紙を、日本製紙石巻工場の職人たちも当たり前に作っていたはずだ。本書はその当たり前が崩れてからの復興への道のりだけではなく、紙作りそのものの困難さも描き出している。これは石巻に限った話ではないのだ。読書体験の質を決定的に変えてしまう必読の一冊。

川戸崇央次号の特集の取材で印刷所を回っている。ここにもスゴい職人たちがいて、身近なはずの仕事の面白さを改めて発見する日々

 

本を愛する全ての人へ

2011年3月。私は4月発売の本の編集作業に勤しんでいた。「紙がないらしい」と言われたことを鮮明に覚えている。阪神淡路大震災のトラウマに怯えながら、それでも私はその本を出したくて必死だった。本書を読みながら、当時を回顧し幾度も涙がこぼれた。「娘とせがれに人生最後の一冊を手渡すときは、紙の本でありたい」との言葉の一文に涙腺は崩壊。絶望の中、懸命に紙造りを目指し、出版の可能性と未来を信じ、情熱を注いでくれた石巻工場の皆様に深く感謝を。

村井有紀子本書を読み、改めて編集者としての襟を正しました。私も子供に手渡せるよう良書を手掛けていきたい。未婚ですが

 

出版文化をつなぐ魂の底力

絶望と瓦礫の中、壊滅的なダメージを受けたマシンを動かし、製紙工場を復興させた人たち。気の遠くなるような努力と覚悟に、息が詰まる。なぜ、ここまでできるのか? 自分が紙の本を作っているという誇りと、本を待つ読者を裏切ってはならないというまっすぐな気持ちが、ガツンと迫ってくる。自分は、これだけの誇りと覚悟を持って本を作っているか? 何度も自分に問いかけながら、涙が止まらなかった。物づくりをしているすべての人に読んでもらいたい特別な一冊。

光森優子中山市朗さん『怪談狩り 赤い顔』、豪華書き下ろし競作集『そっと、抱きよせて』が発売中! 夏にオススメのこわ~い怪談2冊です

 

本の紙はただの紙じゃない

出版業以外で働く友人から編集ってどんな仕事?と質問をよく受ける。いつも上手く説明をすることが出来ない。自分自身の仕事についてまだ自信を持てないでいるというのも原因のひとつだろう。この本に描かれた美しい紙を作りたいという迷いのない気持ちで日本製紙石巻工場を復興へと果たす、職人たちの姿に何度も目頭が熱くなる。彼らの心が込められた美しい紙に恥じない仕事が自分に出来るだろうか。その時のために「b7バルキー」はとっておきたい。

佐藤正海最近友人を亡くした。本が好きだったから、色んな本をすすめたつもりだったけど、まだまだ読んで欲しい本がたくさんあったなぁ

 

全ての読書家に薦めたい

編集者となりまだ2カ月。しかし、自分は一体どれだけ長い間、この本に登場する人々の仕事の上に生きてきたのか。絵本、コロコロコミック、文庫。今の自分を形作ってきた一冊一冊も、石巻工場の皆様の、不屈の心と誇りに支えられていたのだ。震災の物語にハッピーエンドはない。それでも、出版の未来、それだけに全てを賭けた人々の心意気に、涙がこぼれる。本を愛する全ての人に読んで欲しい。日々めくる1ページ1ページが、愛おしくてたまらなくなるはずだ。

鈴木塁斗夏本番の暑さにやられていますが、そんな場合じゃないですね。一冊の本になるようないい仕事ができるよう、頑張らなくては

 

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